第一報の8割から9割強の感染に
7月15日に韓国国防省から、海賊対策のためにアフリカ東部ソマリア沖に派遣されている駆逐艦「文武大王」で、新型コロナウイルスの集団感染が発生したと発表。新聞やテレビで大きく報道され、韓国内では騒ぎになった。
共同通信や聯合ニュースの第一報では「乗組員の8割にあたる約250人が感染」、時事通信は「韓国駆逐艦に乗艦している隊員301人のうち247人が感染」と報じていた。
その後、感染者数はさらに増えて、8月4日には韓国政府当局が感染者数は272人と公表。これは乗組員の9割に相当する。また、感染者のうち64人の遺伝子情報を解析したところ、全員が感染力の強いデルタ株に感染していたという。
他国の軍艦でもクラスターは発生しているのだが…
密閉された船内の環境下では、大規模なクラスターが起こりやすい。昨年春には横浜港を出航したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で712人が感染し、さらにカリブ海や南太平洋など世界各地を航行していたクルーズ船でもクラスターが発生している。
3段ベッドの並ぶ狭い空間に大勢の乗員が押し込まれた軍艦は、クルーズ船よりもさらに危険な環境下にある。実際、米海軍でも昨年4月には、原子力空母「セオドア・ルーズベルト」で約600人が感染するクラスターが発生し、今年7月には、太平洋に向けて航行中だった英海軍の空母「クィーン・エリザベス」でも100人ほどが感染するクラスターが発生している。
軍艦内でのクラスターは、もはや珍しいことではないようだ。が、米国の原子力空母の乗員は5000人以上、感染者の割合は2割に満たない。また、通常型空母のクィーン・エリザベスも約1600人が乗り込んでおり、感染者数の割合は1割以下。それらに比べて、韓国駆逐艦文武大王の乗員9割が感染という数字は、際立って高い。
乗員のワクチン末接種を首相が謝罪
この点について「対応が悪かった」として韓国政府への批判が高まっている。
まず指摘されるのが初動の遅れである。当初、駆逐艦内で複数の乗員が風邪に似た症状を訴えていたが、軍医はPCR検査などを行うこともなく、風邪薬を与えるだけだったという。それを見過ごしたことで、乗員の大半に感染が広がる大惨事を招いてしまった。さらにもっとも問題視されたのが、乗組員がコロナワクチンを接種していなかったということ。
ほぼ同時期に艦内でクラスターが発生した英空母クィーン・エリザベスでは、長期航海に出航する前に乗員全員のワクチン接種を完了していた。感染者数を1割未満に抑えることができたのは、それが大きかったと考えられている。
これについて徐旭(ソ・ウク)国防省も乗組員にワクチン接種しなかったことを謝罪し、また、金富謙(キム・ブギョム)首相もコロナ対策会議の席上でお詫びの言葉を口にしているのだが…、ワクチン不足で国民への接種もままならない状況である。
海軍艦艇乗組員がワクチン接種を完了し、安心して航海に出られる日はいつになるのか。そのめどについて具体的に語られることはなかった。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)などがある。