科学技術を持ち医療知識も高い
昨年7月、北朝鮮の国家科学技術委員会のホームページに新型コロナウイルスのワクチン開発を始めたという記事が載り、一部の北朝鮮ウオッチャーの間で話題になったことがある。
「北朝鮮にそんな能力があるのか?」と、疑うのはごもっとも…だが、核兵器や弾道ミサイルを自国開発できるだけの科学技術はある。また、1993年に故金日正(キム・ジョンイル)総書記が乗馬で負傷した時、その治療にかかわり訪朝したフランス人医師は「北朝鮮医師たちの医療知識は高い水準にある」と語っている。
ワクチンを実用化するには、数万人規模の治験が必要になる。日本でも多くの製薬会社がコロナワクチン開発に挑んでいるが、大規模な治験を実施することが難しく、開発が遅延している状況。北朝鮮のお国柄を考えれば、強権を発動して何万人でもすぐに集めることができる。そういった面では、日本や欧米よりも優位だ。
北朝鮮はいまだ国内で新型コロナウィルス感染者は発生していないとしているが、実際には感染者はそれなりの数いると見立てる人も少なくない。そうでなければ、ワクチン開発など言い出すはずもない。ワクチンの効果を実証するデータを取るのは容易だろう。
世界最高水準のハッキング技術でワクチン情報を入手?
さらに、北朝鮮のハッキング技術は世界最高水準と評価されている。これまでも各国の政府機関や企業に、幾度もサイバー攻撃を仕掛けてきた。ハッカーを総動員してワクチン開発の情報を盗むことができれば、自国でコピー製品を作るくらいのことはやれそうだ。しかし、ワクチン開発に携わる欧米の製薬会社も、ハッキングを警戒してセキュリティーを格段に強化している。世の中そんなに甘くはない。
昨年11月には英国のアストラゼネカ社が、北朝鮮関係者からのサイバー攻撃があったことを報告している。また、今年2月にも米国製薬大手ファイザーをハッキングして、ワクチン技術を盗み取ろうとしたようだが、これらはすべて失敗。目論見は外れた。
技術情報が得られないとなると、独力でワクチンを開発するのは難しい。今年2月に北朝鮮は世界保健機関(WHO)へワクチン分配を申請し、約199万回の支援を受けることになった。COVAX(コバックス)からワクチン供給を受ければ、接種状況をモニタリングされる。それを嫌って当初は難色を示したとも報じられたのだが、自力でのワクチン開発が頓挫して、背に腹変えられない状況になったのだろうか。
過去に開発した夢の万能ワクチン「クムダン2」
そういえば、1つ思い出したことがある。2015年のことになるのだが、この年の6月に北朝鮮国営の朝鮮中央通信が、中東呼吸器症候群(MERS)のワクチン開発に成功したと報じている。
朝鮮人参やレアアースの成分を注入したこのワクチンは「クムダン2」と名付けられ、MERSだけではなくエボラ出血熱やエイズ、がんや結核にまで効くという夢の万能薬ワクチンだというのだが…、こちらは新型コロナウイルスには効かないのだろうか。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)などがある。