元徴用工訴訟で原告の請求を却下
元徴用工訴訟で原告の請求を却下
旧朝鮮半島出身労働者問題(いわゆる元徴用工問題)を巡って、ソウル中央地裁は6月7日、賠償請求する権利は1965年の日韓請求権協定により制限されているとし、原告の請求を却下する判決を言い渡した。訴訟要件を満たしていないとして提訴の権利を認めなかったのである。
元徴用工やその遺族85人が、新日鉄住金(現日本製鉄)や三菱重工業など日本企業16社に賠償を求めていた。同訴訟は、韓国で元徴用工訴訟として提訴された訴訟のうち最も規模が大きい。
韓国・聯合ニュースなどは「敗訴した原告側は控訴する考えを示している」と伝えている。
2018年大法院判決では真逆の主張
実は2018年10月の韓国大法院(最高裁に相当)は、今回と真逆の判決を出していた。このとき大法院は、強制動員に対する賠償請求権は、日韓請求権協定の適用対象に含まれていないとして、新日鉄住金(現日本製鉄)に対し韓国人4人に対し1人あたり1億ウォン(約1000万円)の損害賠償を命じたのである。
日韓請求権協定は1965年に締結された合意で、日韓の請求権問題を「完全かつ最終的に解決」することを確認した規定を置いており、同協定をどのように取り扱うかが争点となっていた。
日本政府は同協定で「すべて解決済み」という認識から2018年大法院判決に反発したものの、同判決は確定。これが日本企業に賠償を認めた初めての判決となり、その後、同種訴訟で日本企業の敗訴が相次ぐこととなった。
2018年の大法院判決は、日韓関係悪化の一因になったと言える。
一転して日本政府の主張を認めた地裁判決
だが、今回ソウル中央地裁は、日韓請求権協定の取り扱いを巡り、一転して真逆の判断を下したのである。
地裁は、「韓国の国民が日本や日本国民に対して持つ個人請求権は韓日請求権協定によって消滅、放棄されたものではない」とした上で、「訴訟で同権利を行使することは制限される」との判断を示している。つまり、個人の請求権が完全に消滅したとは言えないが、日本政府や日本の国民を相手に訴訟で権利を行使することは制限されるという論理だ。
まだ判決は確定していないものの、元徴用工訴訟の中で一転して日本政府の「日韓請求権協定で解決済み」という立場を認めたことは非常に大きな変化である。
今回の判決により、すでに確定した別の判決に基づく日本企業の資産売却の動きにも影響が出る可能性がある。
元慰安婦訴訟でも同種訴訟で判断が分かれる
元慰安婦関連の訴訟でも、今年1月と4月で判決に差が出ていた。
ソウル中央地裁は、1月8日の判決では日本政府に賠償を命じたが、4月21日の同種訴訟では日本政府の主張通り「国家には他国の裁判権が及ばない」とする国際法上の主権免除を認めて原告(元慰安婦側)が敗訴となっていた。
いずれも地裁判決ではあるが、元徴用工訴訟でも元慰安婦訴訟でも立て続けに日本側の主張を認める真逆の判決が出たことになる。同種訴訟で判断が分かれることは、司法への信頼性にもかかわる問題ではあるものの、悪化する日韓関係の契機になる可能性もある。
韓国側は外交手段で懸案事項解決を目指す方針
今年1月18日に文在寅(ムン・ジェイン)大統領は記者会見で、すでに確定した元徴用工訴訟について、「日本企業への強制執行で資産が現金化される方法は韓日関係に望ましくない」として原告が同意できる解決策を日韓で協議したいとの意向を示していた。
また、慰安婦問題についても、2015年の「日韓合意」の有効性を認めつつ「慰安婦問題解決のためには、さらなる外交努力が必要」としていた。
韓国政府としては外交手段で日韓間の懸案事項を解決したい考えで、これ以降、司法の流れが変わったとも言える。
一方、加藤勝信官房長官は7日の記者会見で今回の判決に関し、「日韓関係は旧朝鮮半島出身労働者問題や慰安婦問題などの懸案を解決するために韓国が責任を持って対応することが重要」としつつ、「韓国からの具体的な提案も注視する」との考えを示している。
6月7日現在、11日からイギリスで開催されるG7サミットにおいて日韓首脳会談は設定されていないが、今後、日韓関係に何らかの動きがあるかもしれない。
八島 有佑