試写会「トゥルーノース」を見て 宮塚寿美子
試写会「トゥルーノース」を見て 宮塚寿美子
2021年4月15日、東京は銀座の東映本社において、北朝鮮の強制収容所の様子を描いたアニメーション映画「トゥルーノース」を見てきた。清水ハン栄治監督から直々にお招きいただいた。
これまでに、北朝鮮の収容所の様子や人権蹂躙な様子を描いた作品はいくつかあったが、アニメーションというのは初めてである。数々の国際映画祭で賞をとり、北朝鮮についての知識がなくても、子どもでも理解しやすい展開になっている。
舞台挨拶で、清水監督自身は横浜生まれの在日コリアン4世で、帰還事業で北朝鮮に渡航後に消息を絶った在日同胞の話を幼いころから育ってきたそうである。
映画製作にあたり、実際に韓国、日本、米国で元収容者や元看守の脱北者たちにインタビューを行い、各国の人権団体やNGOと連携をし、情報交換をしてきたとのことである。やはり、“生き証人”の存在が重要になってくる。映画にも登場するのだが、日本人拉致被害者も悪名高き耀徳強制収容所(正式名は15号管理所)に収監されていたとの証言があったとのこと。
トランプ前米国大統領は、米朝首脳会談という偉業を果たしたが、世界でも類稀(たぐいまれ)なる人権蹂躙なこの政治犯収容所のことについては、自身が人権問題に興味がないのか触れてこなかった。バイデン新政権には、この北朝鮮の本当の現状について、迫ってもらうことが、日本人拉致被害者の問題にも解決の光を見いだせるのではないかと願ってやまない。
宮塚 寿美子(みやつか すみこ)
國學院大學栃木短期大學兼任講師。2003年立命館大学文学部卒業、2009年韓国・明知大学大学院北韓学科博士課程修了、2016年政治学博士取得。韓国・崇実大学非常勤講師、長崎県立大学非常勤講師、宮塚コリア研究所副代表、北朝鮮人権ネットワーク顧問などを経て、2014年より現職。北朝鮮による拉致被害者家族・特定失踪者家族たちと講演も経験しながら、朝鮮半島情勢をメディアでも解説。共著に『こんなに違う!世界の国語教科書』(メディアファクトリー新書、2010年、二宮皓監修)、『北朝鮮・驚愕の教科書』(宮塚利雄との共著、文春新書、2007年)、『朝鮮よいとこ一度はおいで!-グッズが語る北朝鮮の現実』(宮塚利雄との共著、風土デザイン研究所、2018年)、近共著『「難民」をどう捉えるか 難民・強制移動研究の理論と方法』(小泉康一編者、慶應義塾大学出版会、2019年の「「脱北」元日本人妻の日本再定住」)など。
清水ともみさんのウイグル漫画と重なる部分 KWT
トゥルーノースは6月4日から TOHOシネマズ シャンテほか全国で公開予定だ。94分間、日本との関わりもあり最後まで引き込まれる内容になっている。
映画の最後では、北朝鮮では現在も約12万人が政治犯強制収容所にいると推定されると説明する。人権蹂躙の言葉では片付けられないこの状況を考えると、現在、世界中からジェノサイドの声が高まる中国・新疆ウイグルの状況にももっと関心を寄せる必要があるのではないだろうか。
なんせウイグルの強制収容所には、北朝鮮の10倍の100万人を超えるウイグル人が強制収容されていると国連人権理事会で報告されている。中国政府は強制収容所の存在を認めず教育施設だと主張し、国際社会からの指摘には「内政干渉をするな」と繰り返し威嚇する。
トゥルーノースは、3Dアニメーションで描くことで、より多くの人に関心を持たせる可能性を感じることができる。今、ウイグル問題でもシンプルな構図、作画を使った清水ともみさんの漫画が日本だけでなく世界中へ広がっている。
清水ともみ(note)
作品の一部を読むことができる。
「あえて優しいタッチの寓話的なアニメーション」で伝わるもの KWT
清水さんの作品は4コマ漫画のようなシンプルな構成で、内容的なリアリティはあるが、作画的なリアリティは控えめとなっている。この点が逆に多くの人の手に取られることになっているとあるジャーナリストがコメントする。
実績あるプロの漫画家である清水さんであれば、もっと生々しく描くことで現状を伝えることもできるだろうが、それだと一定の人たちが心理的に拒絶反応を起こしてしまい視界にすら入れないという現象が起こるようだ。
トゥルーノースも政治犯強制収容所の実体をもっと生々しく伝えるのであれば、実写化やよりリアルなアニメーションという手法もあったはずだが、その手法を用いず、3Dアニメーションで作った意図を映画公式イントロダクションで以下のように説明している。
「衝撃的な内容を実写でなく、あえて優しいタッチの寓話的なアニメーションにすることで、より多くの観客が自身を投影しやすい表現が可能となった」
この点は、前出で紹介した清水ともみさんのウイグル問題を精力的に発信する漫画にも共通しているのではないだろうか。