金日成回顧録が発売されるも販売中止に

金日成回顧録が発売されるも販売中止に

日本で発売されている「金日成回顧録―世紀とともに」(1992年・雄山閣出版)

金日成回顧録が発売されるも販売中止に

 韓国で発売開始されたばかりの故金日成(キム・イルソン)主席の回顧録『世紀とともに』が販売中止となった。同書を取り扱っていた韓国の大手書店「教保文庫」が4月25日発表した。

 回顧録は出版社「民族サランバン」が4月1日に発刊したもので、同名の北朝鮮の原典(朝鮮労働党出版社)のままの出版であったことから話題になっていた。出版目的で北朝鮮の図書を韓国に持ち込む際には、韓国統一部(南北問題を担当する行政機関)の承認が必要だが、このプロセスに問題があったことが指摘されている。

 統一部報道官は26日、定例会見の中で、「出版を目的にした搬入を承認した事実はない」と強調した。承認なしの搬入は、国内法に抵触する可能性があるため、今後の動向に注目が寄せられている。

北朝鮮出版物へのアクセスが困難な韓国

 韓国では南北交流協力法で北朝鮮からモノなどを搬出入する際には「統一部長官の承認」が必要と定められている(13条)。北朝鮮出版物もこれに含まれ、国内への持ち込みが制限されているのだ。

 しかし、北朝鮮出版物や映像作品が完全に禁止されているわけではない。国立中央図書館や国会図書館など一部施設で閲覧可能となっている。たとえば、国立中央図書館では、専用のコーナーが設けられており、一部資料は貸し出しやコピーも可能である。同館には金日成回顧録も所蔵されている。

 とは言え、韓国で北朝鮮資料にアクセスしにくいことは確か。韓国では、以前から北朝鮮出版物や報道などの制限撤廃を求める声が出ているが、いまだ実現していない。

 今回の騒動が北朝鮮出版物の開放への議論につながる可能性もある。

韓国大法院で「利敵表現物」と判断された金日成回顧録

 今回、問題になった金日成回顧録・世紀とともには、反国家団体への称賛等を取り締まる国家保安法などの観点から過去にも問題視されたことがある。

 実は1990年代にも金日成回顧録を出版しようという動きがあったが、結果的に出版は阻止されている。このときは、「金日成主席の経歴や活動に誤りもしくは脚色がある」などの議論を呼ぶこととなった。

 2011年には大法院(最高裁に相当)で、政府の許可なしに訪朝した容疑などで起訴された被告人が金日成回顧録を所持していたことに対し、「北朝鮮が対外宣伝用として出版した金日成回顧録は利敵表現物に該当する」との判断が下されている。金日成回顧録という表現物が「敵(北朝鮮)の利益になる」とされたのだ。

 このような経緯を持つ金日成回顧録であるからこそ、4月に発売した際は話題を呼んだが、承認を得ていなかったとなると大問題である。

 なお、国家保安法は第7条で「利敵表現物所持」を禁止しているが、条文を読むと対象物を単に所持するだけでなく「利敵行為をするという目的」も有している必要があると解釈できる。そのため、今回、何も知らずに金日成回顧録を購入した人であっても、同書を所持している事実だけで即違法にはならないと考えられる。
 

金日成回顧録は日本では入手できる

 渦中にある金日成回顧録「世紀とともに」とは、いったいどのような内容なのだろうか。

 同書は1992年に北朝鮮の「朝鮮労働党出版社」が出版したものである。金日成主席の自伝で、出生から1945年の日本支配からの解放までの抗日闘争の記録が記されている。全8巻で、最後の2巻は金日成主席が死去(1994年)以降に出版された。

 回顧録中の歴史的事実の正確性について疑問視する声はあるものの、北朝鮮研究者にとっては金日成主席の活動や主体(チュチェ)思想などを知る上で重要な資料となっている。

 なお、日本では「雄山閣出版」から日本語翻訳版(金日成回顧録翻訳出版委員会)が発売されており、図書館などで閲覧することが可能である。

 北朝鮮の在日同胞団体である「在日本朝鮮人総聯合会」(朝鮮総連)の公式サイトには原典(朝鮮語版)が掲載されており、回顧録の重要性がうかがわれる。

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