一般のインフルエンザとコロナを区分できない可能性も。敵がウイルスをまき散らそうとしている…
北朝鮮が流行を防ぐため中国との国境を封鎖してから1年が経った。いまだに患者はゼロだと主張しているが、疑問視する専門家は少なくない。改めて北朝鮮国内の医療の実情や国境封鎖の現状、ワクチンへの対応を3回に分けてまとめてみた。
1万人検査でもコロナゼロの不思議
世界保健機構(WHO)が最近、発表した「コロナ国家別状況報告書」によれば、北朝鮮は昨年12月17日までに累計1万1707人に対する新型コロナウイルスの検査を行ったが、このうち感染が確認された事例はなかった。
北朝鮮で検査を受けた人のうち約半分の4275人は、重症の急性呼吸器感染症やインフルエンザに似た疾患、また、発熱があった(韓国「聯合ニュース」2021年1月1日)。これでコロナではないというのが信じがたいが、1月末時点でも患者はゼロのままだ。
新型コロナウイルスは、北朝鮮に入っていないと考えるべきなのだろうか。
コロナを防げない貧弱な医療体制
北朝鮮の『労働新聞』は、コロナ関係の報道を続けており、国内でも関心が高いことを示している。しかし、北朝鮮では、コロナを診断するための装備と試薬が十分になく、一般のインフルエンザとコロナを区分できないのではないかという脱北医師たちの証言もある(2020年10月9日『東亜日報』)。
東亜日報が伝えた証言によれば、感染症患者の治療ができる医療施設は、平壌の権力層が利用する病院しかない。感染症専門の隔離病院もない。つまり一般の人は治療を受けられないのだ。
コロナの検査キットはロシアなどから入手しているというが、どの程度使われているかはよく分からない。
発熱後に市場に行くケースも
病院はなくとも伝染病患者は自宅でゆっくり療養すればいい、と考えるかもしれない。脱北者の証言によれば、地方では、自宅療養は守られないでいるという。住民たちは生きるために、たとえ高熱があっても農民市場の市場に出て働くしかない。市場の入り口には、消毒液が用意され、人々はマスクをつけているというが、どこまで効果をあげているか不明だ。
治療薬の生産不足も問題だ。抗ウイルス薬は北朝鮮国内にあると報道されている。しかし、コロナ向けのものではない。
こういう難しい状況でも、自尊心のため韓国をはじめとした海外からの医療援助は受け入れようとしない。北朝鮮国内の事情に明るい脱北者の1人は、受け入れ拒否の理由について、住民に向け、韓国を含め、外国の敵対勢力が、我が国にウイルスを伝播しようとしていると教育してきたと説明する。「いまさら外国からの支援を受け入れられないのです」と話した。
北朝鮮は2003年、中国で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)も、患者は発生しなかったと発表している。
無断入境者は射殺処分
北朝鮮は脱北や私的密貿易の過程でコロナウイルスが国内に流入することを防ぐために、中朝国境の出入りを大幅に強化した。
中国のインターネット上に昨年3月、「北朝鮮が中国側に接する地域で命令に違反した場合射殺する」との正体不明の文書が流布された。その後、ロバート・エイブラムス在韓米軍司令官は、北朝鮮が無断で入国した場合、射殺命令を下したと明言した。射殺命令は事実だったようだ。
昨年9月には北朝鮮南西部・黄海南道の沖合で、北朝鮮側に接近した韓国の男性公務員が北朝鮮軍に射殺され、遺体が焼かれるという悲劇的な事件が起きている。
さらに冬になって北朝鮮は、防疫体制を「超特級段階」に引き上げた。住民の移動を厳しく禁止し、飲食店や銭湯など人が集まる場所が強制的に閉鎖されている。
昨年11月に中朝の国境地帯を訪問した記者は、兵士が数メートルおきに立っているのを目撃し、数発の発砲の音も聞こえた(聯合ニュース・2021年1月22日)。かなり緊張しているようだ。
(続く)
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、近著『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など。