ボルトン回顧録で米国の外交機密を暴露
ボルトン回顧録で米国の外交機密を暴露
トランプ政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務め(2018年4月~2019年9月)、米朝交渉にも深くかかわったジョン・ボルトン氏が執筆した回顧録が波紋を広げている。
タイトルは『The Room Where It Happened:A White House Memoir』(和訳名「それが起きた部屋:ホワイトハウス回顧録」)。回顧録は約600ページにおよび、分野も多岐に渡っているが、特に北朝鮮やイランに関する記述が多い。
回顧録に対して米国政府は「数多くの嘘を広めている」(ポンペオ国務長官)など「デマ」と断じているほか、韓国政府なども強く反発している。
同書を読む前提として、ボルトン氏は今年11月に米大統領選を控えるトランプ大統領を攻撃する目的で書いている。そのためのバイアスや脚色も含まれているだろうから、そのまま情報として鵜呑みにはできない。
読んでみると、「公然の事実と照らし合わせて整合性はとれている」といった印象ではあったが、関係性以外は信ぴょう性を確認する方法がないのである。
また、仮に回顧録がすべて真実であったとしても、そもそも国家の外交安全保障機密を暴露することは許されるものではない。やり取りを暴露された各国首脳たちは米国との相互信頼が損なわれた形である。
いずれにしても職務上の秘密を暴露したボルトン氏に対する不信感は残る。
そのような前提の上で回顧録を読むのであれば、タカ派として知られていたボルトン氏による米政府に対する評価が随所に挟まれており、ボルトン氏、ひいては米国の対北強硬派の思想や理念を垣間見ることができる。
ボルトン氏と相いれなかった文在寅大統領
同書には、金正恩党委員長(北朝鮮)、習近平国家主席(中国)、メルケル首相(ドイツ)、ジョンソン首相(イギリス)など各国首脳が頻繁に登場する。
その中で、韓国の文在寅大統領に対しては批判的に言及している。
「すべての外交的ばか騒ぎ(diplomatic fandango)は韓国が作り出したものである。金委員長や米国の戦略ではなく、文大統領の統一戦略(unification agenda)に大きく関連したものであった」
「(北朝鮮が米朝交渉で提案した)終戦宣言は文大統領の統一戦略から出たものかもしれないと疑うようになった」
「韓国側は、(2018年6月12日の)シンガポールでのトランプ・金正恩会談の後で、文大統領を入れた3者会談を望んでいた(※ボルトン氏は3者会談の必要性を否定)」
「(2018年6月に)ホワイトハウスを訪問した北朝鮮の金英哲党副委員長が『文大統領は米朝会談に不要で、3者会談に関心はない』と述べたことは、トランプ-金英哲会談の唯一のよい知らせだった」
「(2019年6月30日の米南北会談に向けて)トランプ大統領は文大統領がそばにいることを望まなかったが、文大統領は3者会談の決意を固めていた」
「(文大統領の北朝鮮非核化に向けた構想は)統合失調症(schizophrenia)のような考えを反映している」
など、文大統領をやけに邪険に扱っている。
内容の真偽はともかく、ボルトン氏が韓国の対北融和政策が気に入らなかったのは確かだ。
一方で逆の見方をすれば、いかに文大統領が米朝間の橋渡し役に尽力してきたかが回顧録を通して紹介されているとも言える。
日本に対しては好意的に言及
韓国と対照的に、日本政府や安倍首相に対しては全体的に好意的に記述されている。
トランプ大統領が安倍首相に不満を口にしたのは、「条約により米国は日本を守るが、その逆、日本が米国を守ることがないのはフェアじゃない」と不平を言ったとあるくらいである。
むしろ、トランプ大統領と安倍首相の信頼関係を強調している部分が大きい。
また、ボルトン氏自身も日本政府の対北方針に同意を示すなど、良好な関係性を築いていたようだ。
「(シンガポール会談を控え)トランプ・金会談に対する東京(日本政府)の見解は韓国政府と180度、異なっており、私自身とほぼ同じ考え方だった」
「安倍首相は過度に楽観主義の文大統領とは正反対であった。金委員長を信用していない日本は、非核化や拉致問題に具体的で明確な約束を求めた」
など、文大統領の正反対に安倍首相を位置付けている。
対北強硬派のボルトン氏からすれば、北朝鮮に対して厳しい姿勢を示す安倍首相と立場を近くしたのかもしれない。回顧録の中では、「安倍首相と知り合ってから15年以上経つ」とも言及されている。
また、安倍首相以外にも日本版NSC「国家安全保障局」の谷内局長(当時)が繰り返し登場している。ボルトン氏は谷内局長と朝鮮半島問題について頻繁に協議していたとあり、意外と日本に信頼を置いていたようだ。
「統合失調症」と批判された日本と韓国
ただ、ボルトン氏は日本の政策や方針にすべて好意的であったわけではない。
前述したように文在寅大統領の北朝鮮観を「統合失調症のような考え」と記しているが、実は日本についても同じ言葉が使われている。
内容は「日本は、イランに対しては石油があるため優しくし、一方で北朝鮮に対しては現実的な脅威であるから厳しく接している」ことから、「統合失調症のように政策がばらばらで一致していない」というものである。
この点、ボルトン氏は「北朝鮮もイランも同じく脅威であり、両者に対して厳しい姿勢を示すべき」と考えており、日本に説得する必要があったと記している。
とは言え、それ以外では日本に対する批判はほとんどない。
ボルトン氏がいなくなった米朝交渉はどうなるのか?
ボルトン氏がいなくなった米朝交渉はどうなるのか?
上記の回顧録の内容が真実かはともかく、少なくともボルトン氏が対北政策について安倍首相や日本政府と考えを近くし、韓国とは相いれなかったこと自体は間違いないと言える。
回顧録を読むと、トランプ大統領と異なってボルトン氏は北朝鮮の非核化意思をまったく信用していなかったし、強硬姿勢を崩そうとしていなかったことがよく分かる。
米国陣営は当然一枚岩ではなく、ボルトン氏を含めて強硬派の高官がいたことを考えると改めて外交の難しさを感じる。
現在、ボルトン氏は米朝交渉の舞台から姿を消したが、このことが停滞する米朝対話にどう影響するかは未知数である。
今年11月の米大統領選前にトランプ大統領が対話に動き出す可能性もあるため、動向を注視したい。
八島 有佑