2019年「新年の辞」のポイントは?
2019年「新年の辞」のポイントは?
2019年1月1日に、金正恩党委員長により、「新年の辞」が発表された。
毎年元旦に発表されている「新年の辞」は、前年を総括し新年の施政方針が示されるものであるため、北朝鮮情勢を知るための重要な分析資料となっている。
例年は壇上で演説する形で行われてきたが、今年はスーツ姿の金正恩党委員長がソファに腰掛け、国民に語りかける形で行われた(『朝鮮中央テレビ』による放映時間は約32分間)。
今年の新年の辞から北朝鮮の対外方針についてどのようなことが読み取れるだろうか。朝鮮近現代史などを長年研究している康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長に見解を伺った。
Q 今年は初めて、金日成主席、金正日総書記に関する言及がなされませんでした。金正恩党委員長が就任して初めて発表された2013年の新年の辞以降、年々言及回数が減少していった中で今回ゼロとなったことで、何か特別な意味があるのではとはという見方も多いです。
それ自体には特別な意図はないとみられる。金正恩党委員長が就任した頃は金日成主席、金正日総書記の「遺訓」を継承するということを前面に出しており、遺訓の継承者であることを示すために先代、先々代の名前を出す回数が多くなっていた。だが、金正恩党委員長は就任以降、様々な成果を上げていく中で、その遺訓を発展化させていった。そのため、自然と、先代、先々代に対する言及が減っただけであると考えられる。
Q では、金日成主席、金正日総書記を否定したり、独自路線に転換したりする意図はないと。
金日成主席、金正日総書記を否定することはあり得ないし、言及回数が減ったから独自路線を進む意図があるとは解釈できない。あくまで、引き継いだ遺訓を発展化しているのである。
北と南が…南北関係に関する言及が大幅に増加
Q 南北関係については、「北と南が志を合わせ…」など「北と南」が主語となっている文言が頻出していることもポイントだと思いますが、新年の辞からどのようなことが読み取れますか。
まず、「板門店宣言」と「9月平壌共同宣言」、北南軍事分野の合意書を事実上の不可侵条約であると評価し、北南関係はまったく新しい段階に入ったという認識を示している。
一方で、これはまだ第一歩に過ぎず、昨年の成果に基づいて北南宣言を貫徹させるための歩みを加速化させなければならないとしている。
北と南が…としているのは非常に大事なことで、平和協定や朝米会談のために南と力を合わせる必要があるという認識を示している。
また、共和国は南に対する注文も述べており、「外部勢力との合同軍事演習。外部からの戦略資産など戦争装備の搬入を完全に中止しなければない」としている。
共和国からすれば、「朝鮮半島の平和を実現させようと言うなら、米韓合同軍事演習を実施したり、米国から武器を搬入したりする必要はない」ということであり、文在寅政権が朝鮮半島の平和の「運転手」になれるか試している側面があると言える。
その他、今後の課題についても触れられており、「朝鮮半島の停戦体制を平和体制に転換するための他者協商を積極的に推進」すること、「民族の合意に基づいた平和的な統一方案を積極的に模索」することが挙げられた。
Q 「他者協商」という言葉が出てきました。
以前、中国が仲介役となって「6者会談」(※2003年~2007年)が行われていたが、停滞し、朝鮮は「米国と1対1で対話しないと意味がない」と考え、「6者会談」は挫折するにいたった。
だが、共和国は様々な経験を経て、朝米会談における非核化の問題解決や平和協定締結のためには、中国や南の協力、支援がなければ難しく、周辺国との協調の中でやっていくしかないと認識したのだろう。
Q 次に「平和的な統一方案」とは何を指しているのでしょう。
連邦制と連合制の問題をもっと模索しようというものだが、これは2014年7月7日の共和国政府声明で言及したことを指しているのではないか。
2014年7月の政府声明では、「6.15南北共同宣言」第2項(※1)について触れ、「北と南は、連邦連合制方式の統一方案を具体化し、実現するために努力することによって共存、共栄、共利を積極的に図らなければならない」とし、「連邦連合制方式」という言葉を使っている。
新年の辞のこのくだりについて、一部の識者の間では、新年の辞に示された朝米関係および北南関係の進展があれば、全民族的な政治会議を開催し平和統一方案を合意すると推測されている。平昌冬季オリンピックで北南は別個の代表団を構成しながらも、女子ホッケー競技では単一チームで参加した。現実はすでに先んじている。1つと2つが融合しているのだ。
※1「6.15南北共同宣言」第2項…「北と南は国の統一のため、北側のゆるやかな段階での連邦制案と南の連合制案とが、互いに共通性があると認め、今後、この方向で統一を志向していくことにする」というもの。
中国に関する言及はほとんどなし。だが、北朝鮮は中国との関係を重要視
Q さて、南北関係同様、昨年著しく改善された中朝関係ですが、新年の辞ではほとんど中国について言及がなされていません。これについては、「中国との関係を軽視している」という見方も示されています。康先生は、現在の中朝関係をどのように分析していますか。
共和国は中国との関係をかなり重視している。
現在の朝中関係をよく示したのが、今月の金正恩党委員長の訪中に関する朝鮮中央通信の報道(1月10日)である。
今次訪中について詳細に伝えており、「きわめて特別でかなめの時期に行われる金正恩同志の今回の中国訪問」と位置づけた上で、両首脳が「朝鮮半島の情勢管理と非核化協商過程を共同で研究、操縦する問題に関連して深みがあり、率直な意思疎通を行った」、それを通じて「有益な情勢発展を導き出し、促して双方の利益を守ったことについて高く評価し、重要かつ要の時期に入った朝鮮半島情勢を正しく管理して国際社会と半島を巡る各側の利害関係に合致するように朝鮮半島の核問題の究極的な平和的解決立場を引き続き堅持することについて一致同意した」。
そして「中国側はこれまでと同様、今後も朝鮮同志たちの頼もしい後方であり、堅実な同志、友人として双方の根本利益を守り、朝鮮半島の情勢安定のために積極的で建設的な役割を発揮していくと述べた」などと表現されている。
共和国側の報道でこのような表現で詳細に伝えることは異例であり、中国との関係をどれだけ重視しているかということがよく分かる。朝鮮半島情勢緩和と朝中関係の改善発展との間には、内在的なロジック関係が存在する。新年の辞で「停戦協定当事者」と「停戦体制を平和体制に転換するための多国間交渉も積極的に推進する」とあるが、ツートラック戦略の可能性を示している。非核化は朝米会談、平和体制は4者か6者会談の可能性がある。
金正恩党委員長が肉声で初めて「非核化」に言及。2019年米朝交渉はどうなる?
Q 次に、米朝関係についてですが、米国と対話をする準備をしているとした上で、米国が北朝鮮に対して制裁を続けるならば、「やむを得ず国の自主権と国家の最高利益を守り、朝鮮半島の平和と安定を実現するための新しい道を模索せざるを得なくなるかもしれない」としています。「新しい道」とは何でしょうか。
南では、「(核開発と経済建設を同時に進める)並進路線に復帰する」という見方も示されているが、新しい道なのだから元に戻るということはないだろう。今年行われるだろう第2回朝米首脳会談が不調に終われば、もしかしたら新しい路線が出される可能性もある。現時点で、「新しい路線」が何であるか特定することはできないが、共和国は根拠もなくそのように言うことはないので、何かしら準備を進めているのだろう。
Q 金正恩党委員長は、「朝鮮半島に恒久的で、かつ、強固な平和体制を構築し、完全な非核化へと進むというのは、我が党と共和国政府の不変の立場であり、私の確固たる意志です」として、「完全な非核化」は自身の意思であることを強調しました。
共和国としては、米国の脅威がなくなれば最終的に非核化が実現するが、それまでは「段階的同時行動」の方針である。米国が望んでいるようにすぐに完全非核化するものではない。
共和国は昨年、必要な措置を行い、米国はそれに対して何もしておらず、ボールは米国にある。平和協定の締結は必ずしもゴールではなく、米国の脅威が完全なくなったとき、南も含めた「朝鮮半島の非核化」が実現するという方針を改めて示している。
康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長
1950年大阪生まれ。1973年朝鮮大学校歴史地理学部卒業。朝鮮大学校歴史地理学部長、図書館長、副学長を歴任。現在は朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長を務めている。
八島有佑