平壌冷麺が南北平和の象徴に
2018年に入って韓国と北朝鮮の関係が劇的に変わっている。この1年だけで3回の首脳会談が実現したほか、対立の象徴であった南北軍事境界ラインにある板門店では、双方の軍備解除が進み、「平和の象徴」に変わった。
もう1つ、平和の象徴となったものがある。それは、冷麺だ。その支店を韓国に出してもらおうと、誘致合戦も始まっている。平壌の味が、そのまま韓国で食べられる日も近いだろう。
「苦労して持ってきました」
平壌冷麺に注目が集まったのは、2018年4月27日、史上3回目の南北首脳会談だった。いかつい警護員をぞろぞろと引きつれて、板門店に姿を見せた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、韓国側の施設に赴いて文在寅韓国大統領と向かい合って座ったとき、照れたような顔で、こう切り出した。
「平壌冷麺を持ってきました。文大統領は、遠くから苦労して運んできた平壌冷麺をゆっくりと..。遠くからってのは、言っちゃまずかったか(苦笑)。おいしく召し上がっていただければ幸いです」
気難しく、部下をすぐ粛清するというイメージだった正恩氏の謙虚な話しぶりに、驚いた人が多かったに違いない。
首脳会談のお土産に選ばれたこの冷麺は、平壌きっての有名レストラン「玉流館(オンリュグァン)」の売り物メニューだ。北朝鮮はこの日のために、玉流館の首席料理士と製麺機を板門店の北朝鮮側施設「統一閣」に送り、できたての冷麺を夕食会会場となる韓国側施設「平和の家」に持ち込んだが麺をでる鍋などの違いから、平壌の味は出ず、正恩氏も本場の再現できなかったと残念がっていたという。
9月にも南北首脳会談が開かれたが、そこでの主役は、まさに「冷麺」だった。19日に2回目の首脳会談を終えた文大統領と正恩氏は、玉流館で昼食を取った。
「よい宣伝になりました」
「よい宣伝になりました」
正恩氏は昼食会で韓国側出席者に対し「今日はたくさん食べて、冷麺を評価して欲しい」と述べたという。
金委員長のそばに座った李雪主夫人も「(4月の)板門店会談をきっかけに平壌でも、さらに有名になりました。外国人の観光客が増えました。とてもよい宣伝になりました」と素朴に笑ってみせた。外貨稼ぎは、ミサイルでなくてもできる、と気がついたのかも知れない。
北朝鮮では冷麺は音を立てて豪快に食べていいことになっているが、正恩氏は静かに、一口ずつ慎重に周辺を見回しながら食べている様子が、テレビに映っていた。
スイスへの留学経験があるだけに、北朝鮮式には馴染めない部分があるのかもしれないと思わせる瞬間であった。
話題の玉流館は、1958年に金日成主席の肝いりで建設された青い瓦屋根の巨大な食堂だ。すでに60年の歴史がある。本館は約1千席、別館は1千2百席の規模を誇る。1日6500から1万食がはけるという。同店は2000年と07年の平壌での南北首脳会談時にも昼食会場となっている。
その2へ続く。
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)など。
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