「金正恩はゴルバチョフではない」北朝鮮は時間をかけて核を手放す意思を示しつつ残すことも考える
「金正恩はゴルバチョフではない」北朝鮮は時間をかけて核を手放す意思を示しつつ残すことも考える
5月22日、「上智大学」で、同大学国際関係研究所(SIIR)主催のシンポジウム「米朝首脳会談と国際政治の構図」が開催され、パネリストとして招待された倉田秀也氏(防衛大学校教授)及び秋田浩之氏(日本経済新聞コメンテーター)が講演を行った。
シンポジウムの冒頭、安野正士氏(国際関係研究所所長)は、「国際関係は上智の柱の1つとなる分野であり、研究所としても学生のためになるイベントを開催していきたい。秋にもシンポジウムを予定し、講演会も開催していきたい」と挨拶を行った。
納家政嗣(国際関係研究所特任教授)は、「世界には、一貫して大国同士の争いの場となってきた地域があり、朝鮮半島もその1つである。ソ連・中国が韓国を承認して以降、北朝鮮は直接米国と対峙するようになり、現在にいたるまで危機の連続であった。現在の局面は、その一部である。北朝鮮の核が放棄されればよいという問題ではなく、朝鮮半島の安定した大国関係をいかに築くかということが、この問題の本質である」と語った。
講演の内容は次の通りである。
〇倉田秀也「非核化をめぐる米朝戦略について」
2013年3月、金正恩党委員長は、戦争抑止戦略と戦争遂行戦略、2つの戦略があるという演説を行った。戦争抑止戦略は、米国による核攻撃をいかに抑止するかに重点が置かれる。この戦略は、北朝鮮側から核を使用しないが、仮に米国が核を最初に使用した場合、北朝鮮側も核使用を辞さないというものである。他方、戦争遂行戦略は、朝鮮半島で紛争が起きエスカレートした場合、いかに戦争を朝鮮半島内部で終わらせ、米軍の干渉を防ぐかに重点が置かれる。そのために北朝鮮は、米国からの核攻撃がなくても、核による威嚇をしなければならず、在日米軍基地も標的とされる。このように相反する2つの核戦略を北朝鮮は想定している。
金正恩は決してゴルバチョフではない。依然として核を持ち続けたいと考えているしかし、現状では、経済制裁・軍事制裁が続くと予測されるため、核戦力の一部は手放すかもしれないが、核戦力の全てを放棄することはないだろう。おそらく、リビア方式は認めず、より時間をかけ、段階的に核戦力を手放す用意を示しつつ、核保有の余地を残そうとするではないか。
北朝鮮は、できるだけ多くの段階を作り、核放棄の過程で米国が何をしてくれるのか見ようとしている。よく挙げられるのは、安全の保証だがこれで北朝鮮が満足するとは思えない。過去、米国が北朝鮮の安全の保証を与えたこともあったが、北朝鮮は核を手放さなかった。南北首脳会談で明らかになったのは、朝鮮戦争を終わらせ平和協定を結びたいという北朝鮮の意図である。米朝首脳会談において、この話題が出てくるかもしれないが、この話も過去にあった。つまり、北朝鮮は、安全の保証・平和協定以上のものを求めてくるのではないかと考えられる。
米中の対立が北朝鮮問題を生み出す。アメリカと中国は国家としての根本的な考えが違う
北朝鮮は、「ICBM」を手放すことになっても、日本を攻撃できる戦力は持ち続けるだろう。そして、ミサイルを持つ以上、核も保有すると考えるのが普通である。北朝鮮にとって在日・在韓米軍より脅威なのは、グアムにおける米軍の戦力である。東アジア地域で米軍の核兵器は、グアムにしかないとされている。2016年7月6日に北朝鮮政府代弁人による非核化のための5項目提案が発表され、「朝鮮半島と周辺に随時展開する核打撃手段を二度と引き込まない保証を行う」という項目があったが、これはグアムの戦略爆撃機を指している。
北朝鮮とリビアを比べることが多いが、両者では核開発のレベルが違う。また、仮に北朝鮮が核放棄するとしても、完全に放棄したことを検証するのには膨大な時間がかかる。少なくとも10年はかかるだろう。他方、安全の保証や平和協定を結ぶことはやろうと思えば時間はかからない。一度協定を結んだら、逆戻りはできない。しかし、核放棄に関しては、プロセスの途中で後戻りできる。もし、平和協定を結んだ上で、北朝鮮が核放棄しなかった場合、戦争は終わったが北朝鮮は核を持っているという最悪の状況になる。
予定通りに米朝会談が開かれるのであれば、決裂はしないだろう。北朝鮮は、米国を交渉の場に引きずり込んだ現在の状態を維持したいと考えているだろう。
〇秋田浩之「朝鮮半島と大国外交」
私は、米朝首脳会談で戦争の危機が遠退くわけではないと思う。仮に米朝首脳会談が成功しても、また危機は訪れるだろう。米国の安全保障専門家などに、「北朝鮮が米国本土に届くICBMを完成させ実践配備した場合、トランプ政権は北朝鮮を攻撃するか」と質問したが、回答は半々であった。「北朝鮮の反撃による被害を考慮すればできるはずない」という意見と「米国は北朝鮮に脅され続けることは受け入れがたいから攻撃するのではないか」という意見である。金正恩党委員長の狙いは、時間を稼ぐことではないか。2年後に、トランプ大統領は選挙を控え、安倍首相も任期満了を迎える。それまで時間を稼ぎたいのではないかと思う。
現在の状況で、米朝会談の行方を予測するならば、1.米朝会談が開催されない。2.米朝会談は開催されるが、あいまいな合意に達する。3.米朝会談が開催され決裂するという3つのパターンが考えられ、私は1.の可能性がもっとも高いのではないかと思う。
北朝鮮問題があるから東アジアが緊張するのか、米中の対立が北朝鮮問題を生んでいるのかという議論がある。二者択一ではなく、両方の要因が影響しているとは思うが、あえて言えば私は後者だと思う。そもそも米国と中国では、国家としての根本的な考えが相容れず、そこの対立が北朝鮮問題を生んでいるのである。
自滅を覚悟する北朝鮮に対して日本が核兵器を持ったとしても抑止力にはならない
両氏の講演終了後は、安野氏他、聴衆者からの質疑応答が行われた。
Q安野氏: 北朝鮮は核戦力を保持し、「あの国なら何をしでかすかわからない」という恐怖を演出することで、米国による攻撃を阻止しているのではないかと思う。仮に北朝鮮が米国に届くICBMを手放したとしても、日本は、核を持った北朝鮮と対峙していかなくてはならない。日本も核武装すべきだ、巡航ミサイルを持つべきだ、といった議論もあるが、日本は、どのような戦略をとるべきなのか?
北朝鮮の核問題は、冷戦後の、北朝鮮の外交・イデオロギー的孤立が起源だと考えるが、米中のバランス変化が北朝鮮に与える影響はどのようなものがあるか?
A倉田氏: 今まで、米国が核の先制不使用を宣言したことはない。金正恩は決して異常者ではなく、不合理さを誇示することで他国を抑止している側面があることには同意する。
(日本の戦略について)日本が核兵器を持ったとしても、自滅を覚悟している相手に対して抑止力にならない。北朝鮮に核兵器を放棄させることおよび、最悪の事態を想定しミサイル攻撃された場合いかに防衛するかを考えるべきである。ミサイル防衛は、オールオアナッシングではなく一発でも多くのミサイルを打ち落とすことできるという比較級で考えることが大切になる。
A秋田氏: 現在、中国にとって地続きの場所かつ深刻な問題が起きているのは、朝鮮半島である。今後は、米中対立の時代になっていくと思う。したがって、中国にとって北朝鮮の地政学的な価値は非常に高い。
朝鮮半島全体で見た場合、朝鮮半島は、中国側の勢力圏になっていくと思う。朝鮮半島は中国大陸と地続きであるし、歴史を顧みても朝鮮半島のDNAは中国側にある。現在、韓国が中国に寄っているといわれるが、前兆が来ているという見方ができる。
Q どのような状況になったら米国は核を使うのか?
A倉田氏: 米国の認識は分からないが、北朝鮮側の認識において核使用のオプションはいかなる場合もあるだろう。
Q 戦争状態がなくなった場合、軍国主義が崩れ体制が崩壊することを金正恩党委員長は恐れるのではないのか?
A倉田氏: 平和協定が結ばれたとして、北朝鮮内部の反作用はないだろう。むしろ、それが米朝主軸の平和協定なら、北朝鮮はそれを米国の「敗北文書」と捉え、金正恩党委員長の威光はより大きくなるのでないか。私は、平和協定が米朝平和協定にならないように、あくまでも南北主軸の平和協定になるべきであると考える。
日本は蚊帳の外ではなく蚊帳を張った国々の一員。アメリカとともに北朝鮮を対話へ引き出す役割を果たす
Q トランプ政権や日本の政党は、2年後も存続するかもしれない。だとしたら、北朝鮮が2年間、時間を稼いでも逃げ切れないのではないか?
A秋田氏: 2年後、米国は大統領選キャンペーン一色になり、現在と状況は変わるだろう。また、安倍首相の任期満了後、誰が首相になろうと、これだけ長く首相を務めた安倍氏と同様な外交はできず、北朝鮮からすれば、状況はよくなるのではないか。他に、北朝鮮側からすれば、米国との実務者協議を続けていれば、その間は攻撃されないというメリットもある。
Q 赤化統一とはどのようなステップで行われるのか?
A秋田氏: ブッシュ政権下における政府高官の間で、盧武鉉政権は中国側に寄るのではないかという懸念があった。これに対して、米国政府内の議論では「米韓の軍事同盟をさらに強めなくてはならない」という考えと「グローバル戦略上、韓国が対中傾斜を選択するなら、同国にそこまで重きを置く必要はない」という2つの考えがあった。当時、そのような韓国の選択と米国政府の一部の考えにより、在韓米軍は縮小された。しかし、米国の海洋戦略上、在日米軍は絶対に手放さないだろう。
現在の日本には4つの選択肢がある。1つ目は、日米同盟をより重視していくという選択肢。2つ目は、米国以外の国とも安全保障協力を広げていくという選択肢。3つ目は、日中協商するという選択肢。この選択肢の場合、日本は、尖閣諸島問題などで妥協することを余儀なくされる。4つ目は、現実にはありえないが、江戸時代のように鎖国し孤立するという選択肢。現在の日本の立場は、この中から選択しなくてはならないくらいに悪いのである。
Q 北朝鮮はなぜ安全の保証にこだわるのか?
A倉田氏: 米国が北朝鮮に対して「CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な核解体)」を求めたとき、北朝鮮は米国に完全で不可逆的な安全の保証保障を求めた。まずは、言葉の上での約束をしようということである。安全の保証を入口に米国がどのような行動をとるかを北朝鮮は見ている。
Q 今後の日本はどうするべきか、現在なぜ日本は蚊帳の外におかれているのか?
A秋田氏: 蚊帳の外というよりは蚊帳が壊れているのではないか。北朝鮮に圧力をかけ説得するという蚊帳はもうなくなってしまった。
A倉田氏: 日本も蚊帳を張った国々の一員である。日本・米国も北朝鮮を対話に引き出す現状を作ったのである。
Q 在韓米軍の核保有について。
A倉田氏: 米国は、海外の米軍基地のどこに核兵器があるか肯定も否定もしないという政策を一貫している。米国が普遍的な核政策の一部の中で韓国を例外にすることは難しいだろう。南北非核化共同宣言のように、南北が相互に査察を行うというのなら、米韓側は異存ないが、これを北朝鮮が受け入れるとは思えない。
中国は対米通商問題が最大の関心事。北朝鮮問題が長引けば中国にとって北が好都合な外交カードに
Q 北朝鮮の現状は、北朝鮮の描いていたシナリオ通りか、もしくは外部の影響か?
A倉田氏: その両方だ。北朝鮮は米国に対して取引を申し出て、韓国との対話も提案していた。そのタイミングが今年になったのに制裁等、外部からの影響もあるではないのかと思う。
Q 平和協定による在韓米軍撤退およびその影響について。
A倉田氏: 私が強調したいのは、平和協定を結んだ場合、何が起きるかということである。在韓米軍司令官は3つの帽子をかぶっている。在韓米軍司令官と米韓連合軍司令部司令官そして国連軍司令官である。もし平和協定が結ばれた場合、国連軍司令部を解体しなくてはならないが、日本にある国連軍基地も解体することになる。そうなった時、北朝鮮に対する抑止力が相当減るということは念頭に置かなくてはならない。
Q 米朝会談が延期した場合、中国はどう動くか、中国の描く最善のシナリオはどういうものか?
A秋田氏: 中国にとってもっとも頭の痛い問題は、米国との通商問題である。中国にとっては北朝鮮問題が長引くほど、米国への外交カードとして利用できるので好都合という面もあるのではないか。
これからの日本がどうするべきなのかという点について、なぜ日本が太平洋戦争に進んだのかという歴史を顧みることが大事である。日英同盟が消滅した後、日本と米欧列強の関係は緊張し、日本が孤立するなか、対米開戦に向かっていった。このような教訓を生かし、歴史を繰り返させないことが大切だ。繰り返しになるが日米同盟をより強固にすることが大事であると思う。
最後に納家教授が、「パネリストのお二方のおかげで、より明確な視点を得ることができた。現在の日本は難しい立場にある。また、米中が結託して金正恩を切るなど様々な可能性が考えられる。皆さんも自分で情勢について考え幅広い視点を持って欲しい」と挨拶を行い、シンポジウムは終了した。
立山達也
協力 上智大学 国際関係研究所