この報道を行ったのはテレビ朝鮮だ。韓国の有力紙、朝鮮日報の系列のケーブルテレビ局だ。内容はこうだった。

　最近、金委員長の長男が平壌に住んでいるという事実が確認されました。

　政府消息筋は「金正恩の息子は平壌に住んでいる。ジュエとは違って体格が小さく、痩せており、虚弱だと伝えられた」とし、健康状態を分析中だと語った。

　当局は、金正恩総書記が9歳からスイスに留学しただけに、10代と推定される息子も海外にいると推測してきました。

　2月23日のニュースの中で、イ・チェリムという女性記者が伝えた。全体でも2分弱の短い内容だったが、他のメディアも、テレビ朝鮮の報道を後追いして、分析記事を書いている。

　3月4日には、著名な脱北者の姜哲煥（カン・チョルファン）氏が、自身のユーチューブチャンネル「平壌24時」の中で、「金正恩総書記の息子は数人いるようだが、いずれも問題を抱えているという情報が、国家情報院などから出てきている」と語った。

　男尊女卑の伝統が強い北朝鮮では、女性が指導者になることは考えられないとされており、北朝鮮の専門家も、そう見ている。つまり、ジュエ氏の後継はあり得ないということだ。

　しかし、テレビ朝鮮の報道が事実とすれば、長男は身体的に何らかの問題を抱えている可能性がある。

　指導者の息子が弱々しい体格では、公式行事に連れて行くことはできないだろう。

　一方ジュエ氏は、ふくよかで健康そうに見える。金ファミリーの権勢を象徴してくれる子供だ。

　ちなみに、筆者が2021年に出版した『金正恩が表舞台から消える日』（平凡社新書）の中で、金正恩総書記の長男の名前が「キム・リョンジュ」である可能性があることに言及している。

　後継を巡る逆転現象は北朝鮮朝鮮で過去にもあった。

　金正恩総書記の兄、正哲（ジョンチョル）氏は、一時は後継者とみなされていた。年齢的には、正哲氏が後継となるのが、座りがいい。

　ただ、正哲氏はホルモン異常の影響があり、権力にはまったく関心がないと伝えられた。このためか、結局、3番目の息子である金正恩氏に後継者の白羽の矢が立った。

　同じテレビ朝鮮イ・チェリム記者のレポートによれば、韓国の情報機関、国家情報院は、金正恩氏の妻、李雪主（リ・ソルジュ）夫人は、かつて結婚しており、正恩氏とは再婚関係にあるとも伝えている。

　李雪主夫人の再婚説は、彼女が公の場に登場してきた2012年、隣国で、北朝鮮に関する情報を豊富に持っている中国メディアが報じたことがある。

　その当時は、未確認のまま忘れ去られたが、興味深い一致とみるべきだろう。

　さらにイ・チェリム記者によれば、国家情報院は、最近、金正恩総書記の家族関係を把握するための特別チームを発足させたという。

　ジュエ氏が突然登場したのは、長男の身体的問題が解決できないことを悟った金正恩総書記が、ジュエ氏に対して、本格的な後継者教育を始めた可能性もある。

　ベールに包まれた金ファミリーの秘密が、今後少しずつ明らかになるかもしれない。

五味 洋治（ごみ ようじ）
1958年長野県生まれ。83年東京新聞（中日新聞東京本社）入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99～2002年ソウル支局、03～06年中国総局勤務。08～09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』（創元社、2017年）、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』（文藝春秋、2018年）、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』（宝島社、2020年・高橋洋一らと共著）、『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』（平凡社、2021年）など、近著『日本で治療薬が買えなくなる日』（宝島社、2022年）
@speed011