賠償判決にも民間人虐殺を全否定する国防省
韓国は日本へ繰り返し言い続けることとまるで異なるダブルスタンダードを鮮やかに露呈している。
ベトナム戦争中の1968年、韓国海兵隊部隊が、ベトナム中部クアンナム省フォンニィ・フォンニャット村で住民74人を殺害する虐殺事件があった。
この事件で、家族のほとんどを失い、当時7歳だった自身も腹部に銃撃を受け重傷を負ったベトナム人女性が、韓国政府を相手取って起こした損害賠償請求訴訟で、ソウル中央地裁は2月7日、原告勝訴の判決を出し、3000万ウォン(約320万円)の賠償を命じた。
ベトナムでの韓国軍による民間人虐殺事件発生から55年、事件が韓国メディアによって取り上げられるようになったからも四半世紀が経ち、ようやく出された初めての賠償判決だった。
しかし、この判決について、韓国国防省の李鐘燮(イ・ジョンソプ)国防相は国会での答弁で、「ベトナム派兵韓国軍による民間人虐殺はまったくなかった」と事件を真っ向から否定。
政府の賠償責任を認めた司法判断に同意しないとして控訴する方針を示した(ハンギョレ新聞2月18日)。
大量虐殺は共産主義者の陰謀?
裁判では、原告の被害女性のほか事件現場を目撃した元村民が証言している。
また、実際にベトナムに派兵された元韓国軍兵士も出廷し、証言したにもかかわらず、李国防相は、「裁判で示された資料や証言を検証し、自分たちも調べてみたが民間人虐殺はなかった」とし、「米軍の調査でも韓国軍による民間人虐殺はなかったという結論が出ている」と語った。
本当だろうか。
実際は、フォンニィ・フォンニャット村での虐殺事件直後、米軍が直ちに駆けつけ、事件の記録を残している。
米軍は韓国軍側に事件の徹底調査を要求した。これに対して韓国軍の現地司令官は、「大量虐殺はベトコン側の陰謀行為であり、共産主義者が無慈悲に演出したものという論理的結論に至った」という返事を出しただけで、詳しい調査報告書を提出することはなかった。
司令官が「虐殺するな」と命じたから虐殺はないのか?
国防相は反論の中で、「当時の状況は非常に複雑で、ベトコンの兵士が韓国軍の服を着て韓国軍に偽装して戦闘するケースが多かった」としたほか、「ベトナム派遣の韓国軍司令官が民間人虐殺は絶対にするなと強調していた」ことなどを理由に挙げた。
1937年、南京攻略戦を前に上海派遣軍司令官の松井石根大将は、「不法行為は絶対にあってはならない。軍紀を厳粛にし名誉を毀損する行為は絶無を期する」と厳命した。
だからといって、それで「虐殺」がなかったという証明にはならないと中国は言うだろう。
韓国政府が、韓国軍による民間人虐殺事件を公式に認めないのは、ベトナム戦争に韓国軍を送り込んだ朴正熙(パク・チョンヒ)時代はもちろん、そのあと大統領を務めた全斗煥(チョン・ドファン)・盧泰愚(ノ・テウ)両氏がベトナム参戦軍人だったこともあり、民主化が実現した1987年以降もベトナム戦争の負の側面を語ることは、韓国社会では“歴史のタブー”とされてきたためだ。
「未来志向」を掲げるベトナム政府が過去を切り離す
さらに、ベトナム政府が戦争中の民間人虐殺事件について、その実態を現地調査したり、住民の聞き取り調査を行ったりすることもなく、等閑視してきたことも影響している。
韓国とベトナムは1992年の国交正常化の際、「韓国軍のベトナム参戦など過去の歴史については問題視しない」ということで一致していた。
「(派兵は)冷戦体制の下でやむを得ないことだった」という韓国側の主張にベトナム政府が同意したのだ。
ベトナム政府は、「戦争に勝利した国としてあえて謝罪を受ける必要はない」という立場であり、むしろ韓国との国交正常化から得る実利を重視していた(中央日報2009年10月21日)。
そのため、虐殺事件があったベトナム各地で住民らが建立した慰霊碑で韓国軍を非難する文面があると、ベトナム政府はそれを覆い隠して改築させた(ハミ村の慰霊碑)。
また、韓国の民間団体が被害者の慰霊のために寄贈した像(ピエタ像)の公共の場所での設置も認めなかった。
フォトジャーナリストとして20年以上、ベトナムを取材している村山康文氏は、その著書『韓国軍はベトナムで何をしたか』(小学館新書、2022年)で、「未来志向で過去を直視しない両政府のおかげで、事件の被害者らは、真相が解明されることのないまま置き去りにされている」という。
韓国は、日本に対しては、「慰安婦や徴用工の問題で過去の歴史に真剣と向き合い、法的責任を認め、謝罪しろ」と言い続けてきた。
ところが、ベトナムに対しては、加害者として過去に真剣に向き合うことをしない。まさにダブルスタンダードと言っていい。
小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から2022年8月までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。