都内のホテルで講演する太永浩議員(著者撮影)

 北朝鮮外交官出身の太永浩(テ・ヨンホ)国会議員(韓国の与党「国民の力」所属)が来日し、東京・港区のホテルで北朝鮮の内部情勢について講演した。

 太氏は北朝鮮の暗殺対象になっているとされており、会場は厳重な警戒が行われていた。その太氏が語ったのは、意外にも北朝鮮の若者の恋愛や結婚式事情だった。

韓国に憧れる北朝鮮の「MZ世代」

 太氏の講演は約1時間で、在日本大韓民国民団(韓国民団)が主催した。

 話の大半は1981~2010年生まれのいわゆる「MZ世代」と呼ばれる若者についてだった。

 朝鮮労働党の幹部クラスの子供たちは、お金を自由に使える。韓国のドラマや歌にも接しており、韓国風のファッションや言葉使いに憧れ、まねしているという。

 最も象徴的なものが恋愛や結婚式のスタイルだという。太氏は、この問題を扱った朝鮮中央テレビの動画や労働新聞の紙面を会場で見せながら、こう説明した。

チュチェ思想塔前で韓国スタイルの結婚式

チュチェ思想塔前で韓国スタイルの結婚式

講演では当局を困惑させる若者の実態に警告を鳴らす新聞記事や写真、動画が紹介された(著者撮影)

 「集合住宅の玄関で、ひと目もはばからず抱き合う。バスの停留所でキスをする。あげくの果てに、主体(チュチェ)思想塔の前を流れる大同江にヨットを浮かべ、輸入ものの高級ワインを飲みながら友人たちと韓国式の派手な結婚式をするのが流行しているのです。北朝鮮の新聞やテレビがそれを繰り返し批判しているので、相当広がっているとみていいでしょう」

 もちろん、北朝鮮当局は「不健全な生活方式」と決めつけて摘発し、罰金を取っている。「悪質」な場合は、名前を公表し、数日間の強制労働をさせることもあるという。

 チュチェ思想塔には私も行ったことがある。チュチェ思想は北朝鮮の政治思想であり、この塔は、最初にこの思想を唱えた金日成(キム・イルソン)主席の業績をたたえる高さ170メートルの塔だ。金一族の権威を象徴する建物と言える。

公務員の給料より高いコーヒーに大学生殺到

 その塔の前で、よりによって、敵対する資本主義国、韓国をまねた結婚式を開くとは大胆不敵。怖い物知らずとしか言えない。

 とは言っても、「北朝鮮は賄賂社会なので、もし摘発されても担当者にドルでいくらか払えば見逃してもらえる」(韓国で大学に通っている北朝鮮出身の男性)らしい。

 太氏は英国で大使に次ぐナンバー2の公使を務めていた2016年に脱北、その後、韓国の国会議員選挙で当選を果たした。

 その太氏が、いまだに忘れられない思い出があると、日本での講演で語っていた。太氏が平壌勤務していた時のことだという。

 太氏の友人が、「平壌に豆を挽(ひ)いてつくる本格的な喫茶店を開きたい」と相談に来たという。

 平壌でもコーヒーはインスタントが普通だ。提供するコーヒーは、1杯が現地のお金で約3300ウォンの予定だった。

 当時北朝鮮外務省の副局長のポストにいた太氏の給料は、2900ウォンだった。これは1ドルに満たない額だ。物価の安い北朝鮮でも、生活できるギリギリの額である。

 太氏は「そんな高いコーヒー、誰も飲まない」と開店に反対したが、いざ開いてみると富裕層の大学生が殺到し、200メートルも行列を作ったそうだ。

MZ世代が南北統一の原動力になる

MZ世代が南北統一の原動力になる

スライドを交えながら北朝鮮のMZ世代の実態を説明する太永浩議員(著者撮影)

 北朝鮮のMZ世代は個人の価値観を重視し、北朝鮮で押しつけられる思想に従わず、自分たちが気に入ったものは、周辺の目も気にせず、お金を払って受け入れる。

 太氏は、このMZ世代に大いに注目している。「現状では、南北統一は難しいが、北朝鮮の政権幹部は金正恩(キム・ジョンウン)総書記を除けば、70、80代の高齢者ばかりだ。MZ世代が政権の幹部になれば、南北統一ができる」。自信ありげな口調で、こう明言した。

 確かに、長い間外部の文化に接していれば、北朝鮮の閉鎖的な体制への疑問は膨らむに違いない。

 ただ、MZ世代が幹部になるには、あと少なくとも2、30年はかかる。現体制は当面揺らがない、とも言えそうだ。

五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)、『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)など、近著『日本で治療薬が買えなくなる日』(宝島社、2022年)
@speed011

記事に関連のあるキーワード

おすすめの記事

こんな記事も読まれています

コメント・感想

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA