樋口季一郎が東条英機に言い放った言葉
樋口季一郎が東条英機に言い放った言葉
「韓国広報専門家」が世界に垂れ流す「旭日旗=戦犯旗」の論理破綻の続き。
ましてナチス・ドイツが行ったユダヤ人虐殺・ホロコーストと、慰安婦や戦時徴用労働者の問題を同列に扱う韓国人の主張は、イスラエルや世界のユダヤ人組織から「慰安婦などと一緒に並べるのは、ナチスによるホロコーストを矮小化するものだ」として激しい反発が起きている。
さらには、1938年(昭和13)、旧満州でハルビン特務機関長を務めていた樋口季一郎陸軍少将が、ヒトラーに追放されたユダヤ人難民2万人がソ連領を横断して満州国境の外にまで押しかけ、冬の寒さの中で露営していた(オトポール事件)のを見かねて、人道問題だとして満州への入国手続きを許可し、ハルビンに招き入れた事例もある。
ドイツ政府からは当然、抗議があり、それを受けて、関東軍司令部の東条英機参謀長(のちの首相)は樋口少将を呼び出し、下問した。それに対して樋口少将は、
「私のとった行動は間違っていないと信じています。ドイツは同盟国ですが、そのやり方がユダヤ人を死に追いやるものであるなら、それは人道上の敵です。人道に反するドイツの処置に屈するわけにはいきません。私は日本とドイツの友好を希望します。しかし、日本はドイツの属国ではありません!東条参謀長!ヒトラーのお先棒をかついで弱い者いじめをすることを、正しいとお思いになりますか」と堂々と答えたという。
これに対して、東条参謀長も「よくわかった。ちゃんと筋が通っている。私からもこの問題は不問に付すように伝えておこう」と、樋口少将の言い分を認め、実際に日本政府は「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」とドイツ政府の抗議を一蹴したのだった。
月刊『致知』2020年5月号 特集「先達に学ぶ」より「陸軍中将・樋口季一郎の知られざる功績──2万人のユダヤ人を救った武士道精神」
ユダヤ人問題で先進的な考えを表明していた日本
ユダヤ人問題で先進的な考えを表明していた日本
樋口少将はその年の8月には、参謀本部第2部長として陸軍の情報戦のトップに転出するが、同じく12月、近衛文麿首相の下で策定した「ユダヤ人対策要綱」にも参画し、ユダヤ人を普通の外国人として扱うという日本の判断を世界に告知する上で大きな役割を果たした。
ちなみに、後に中将に昇進した樋口季一郎は、アリューシャン列島を担当する北方軍司令官としてアッツ島玉砕やキスカ島撤退を指揮し、終戦時には千島・樺太を含めて管轄する第5方面軍司令官として北海道札幌で任務につく。
ポツダム宣言受諾後は、占守島へのソ連軍上陸に対抗する作戦を指揮するなど、ソ連による北海道侵攻を阻止した司令官として知られる。
さらに、ポーランドやリトアニアのユダヤ人難民6000人あまりに日本渡航を認める「命のビザ」を出し、「東洋のシンドラー」と呼ばれた外交官、杉原千畝の活躍は、陸軍参謀本部第2部長だった樋口が1939年の独ソ不可侵条約後にバルト海沿岸に諜報拠点を確保しようとして、ストックホルムやヘルシンキなどと並んで、杉原が駐在したリトアニアの首都カナウスにも領事代理を置いたのがそもそものきっかけだった。
ドイツによるユダヤ人迫害を人道問題だとして認識し、あらゆる手段を講じて援助の手を差し伸べていた日本について、当事者であるイスラエルやユダヤ人社会が、ナチス・ドイツと日本を同列に扱うことはあり得ず、まして旭日旗を“戦犯旗”だと見ていないことは明らかだ。
世界が冷笑し黙殺する人物を持ち上げる韓国政府やマスコミ
それなのに相変わらず、“旭日旗は戦犯旗だ”と主張する徐坰徳(ソ・ギョンドク)氏に対しては、世界は冷笑し、黙殺している。
そのことは、メールやSNSでいくら発信しても反応がないことを彼自身は一番よく知っているにも関わらず、知らないふりをしているにすぎない。
こんな人物を、政府関連の組織の諮問委員に任命する韓国政府も、その程度が知れるが、徐氏のフェイスブックなどでの発信を、いちいち記事で取り上げ、持ち上げる中央日報など韓国メディアも、そのレベルが知れるというものだ。
小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から2022年8月までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。