人命救助の現場でスマホに映し出されたもの
梨泰院犠牲者の財布はどこ? 人間社会の不条理がトラウマとなる韓国の続き。
今回の梨泰院での圧死事故は、外国人26人(日本人2人)を含む158人の若者の多くが狭い脇道で立ったまま命を落とすという悲惨な事故だった。
その事故現場を多数の人々が目撃し、彼らがスマートフォンで撮影した現場の映像が、直ちにSNSに大量にアップされ拡散した。
それによって、さらに多く人々がその凄惨(せいさん)な現場を目にする結果となり、衝撃が瞬く間に広がった。
ところが、そうした映像の中には、消防や警察による懸命の救出救助活動が続く中で、現場近くのクラブやカフェは店の外まで大音響の音楽を流し続け、救出作業の現場を見ながら、近くで歌い踊る若者の姿や、笑いながら事故現場をスマホで撮影する人々の姿が映し出されていた。
犠牲者の財布や貴金属はどこに?
それだけではない。
建物の上から現場の路上を撮影した映像には、道に横たわる大勢の犠牲者に対して懸命の心臓マッサージが続けられている中で、その犠牲者の遺体を次々とまたぎながら、犠牲者のものと見られる女性用のバックを持ち去る男の姿が映っていた。
さらには、心臓マッサージをするふりをしながら、回りをきょろきょろと見渡し、横たわる若い女性の胸や太ももを触っているような男の姿もあったという。
ニュースチャンネルMBN(毎日放送)によると、事故現場に残された犠牲者の遺留品は、服や靴など1040点が遺失物センターに届けられた。
しかし、それらの中に財布や貴金属はほとんどなかったという。
多くの若者の命が奪われた不条理に、やり場のない悲しみがこみ上げてくる一方で、犠牲者の周辺で繰り広げられた人間の醜悪さ、深い闇を見せつけられて、2重のショックを受け、それがさらにトラウマとなっていくようだ。
原因究明と責任追及で悲劇は連鎖
事故原因と責任を巡っては、警察庁の特別捜査本部による捜査が進んでいるが、今回の事故は早くも政権批判の材料として使われようとしている。
左派系労組の民主労総は、事故から2週間が経った11月12日、「10万人総決起全国労働者大会」と銘打って、政府の責任を追及する集会を開き、その日の夜には、政権打倒を呼びかける「ろうそく集会」を開いた。
6年前に朴槿恵(パク・クネ)政権を倒したろうそく集会の「興奮」が再びよみがえろうとしている。
民主主義の基本である選挙という手段を通じて誕生した政権を、再び大衆の「声の大きさ」や圧力だけで転覆させるとしたら、韓国の民主主義は、永遠に癒えることのないトラウマを背負うことになるのではないか。
小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から2022年8月までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。