2013年から始まった遺骨返還事業
1950年10月19日、中国は「人民志願軍」と称する100万人以上の兵力を派遣して朝鮮戦争に介入した。
これによって中朝国境まで進撃していた国連軍は、中国軍の圧力で半島南部に押し戻され戦争は長期化する。
しかし、強引な突撃を繰り返す中国軍の人海戦術は、他国の軍隊よりも兵士の損耗率を高かった。
80年代に中国当局が公表した戦死者数は約18万人だが、実際の犠牲者はその倍以上とも言われる。当時、国連軍側は中国兵の戦死者数は約40万人と見積っていた。
朝鮮半島には、現在も多くの中国兵の遺骨が眠っているという。
2013年からは、韓国政府が遺骨の発掘と返還事業を開始。これまで913柱が収容されて中国に引き渡された。
今年9月16日にも、88柱の遺骨が中国側に引き渡された。韓国政府は「国際法の人道上の精神」に基づいて、この事業を継続しているという。
中国側も相手の善意に感謝して、粛々と遺骨を受け取っていれば波風は立たないだろう。が、ここでやらかした。
旧宗主国の尊大と鈍感ゆえに、無意識でやったことなのか。それとも何らか意図があったのか。そこのところはわからないのだが。
救国の英雄も韓国にとっては侵略者
中国にとって朝鮮戦争への派兵は、帝国主義の拡大から中国の安全を守るため。それは当時から変わらぬ主張である。
しかし、韓国の立場からすれば中国軍は侵略者。
人民志願軍は首都ソウルを占領し、非戦闘員を含む多くの韓国人を殺害している。それだけに、以前は遺骨返還式典で中国側のスピーチにも「残酷な戦争」などといった文言を入れて、韓国への配慮が見られた。
だが、国威高揚に熱心な近年では、そういった配慮が薄れてきたと言われる。9年目を迎えた今では、ついに配慮のかけらもなくなったようだ。
今年の遺骨返還では、仁川空港で遺骨を受け取った輸送機が中国に到着すると、最新鋭戦闘機のJ20が編隊飛行でこれを盛大に出迎えたという。また、中国国営新華社通信の報道も、
「平和を守り侵略に反対する旗を持って参戦した英雄たちの帰還」
と称えるが、韓国側への謝意や犠牲者を悼む言葉はついに聞かれなかった。
中国の国威高揚が韓国民の“恨”を刺激する
韓国は「恨(ハン)の国」といわれ、自分たちが過去に受けた被害に執着する傾向が強い。
それだけに遺骨返還にまつわる中国側の態度は、韓国人の被害者意識を刺激したようだ。
2014年の朴槿恵(パク・クネ)政権下で遺骨返還事業が始まった当初は、中国も韓国側にそれなり配慮を見せている。それでも、韓国の電子掲示板を日本語翻訳した「カイカイ反応通信」では、
「あんなもの宅配便で送るべきだ」
などと、多くの批判が書き込まれていた。また、
「侵略が問題とするなら、韓国人数十万人を殺害した中国共産党軍の侵略についても謝罪と賠償を求めねばならない」
と、日本の植民地支配を激しく糾弾する韓国政府が、朝鮮戦争における中国の罪を追及しない韓国政府への批判も多く見つかる。
日本には強く反発するが、中国の過去の悪行には目をつぶってすり寄ってきた。
近年の韓国政府のやり方に、疑問を抱かせる1つの契機にはなっているようだ。
2018年に117柱の遺骨を中国に返還した頃から、習近平国家主席の演説から韓国に対して配慮するような文言が消えて、人民志願軍を英雄と祭り上げる風潮が顕著になってきた。
当然、それに気づいていた韓国民の反発も強くなっている。
最新鋭戦闘機まで登場させた今年の中国側の悪ノリは火に油、韓国民の恨のエネルギーを増幅させたことは間違いない。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社)、近著『明治維新の収支決算報告』(彩図社、2022年)。「さんたつ by 散歩の達人」で連載中。