メディアと野党が癒着した政治謀略の疑いも
韓国 尹大統領の発言を「低俗な暴言」とでっち上げ外交惨事と大騒ぎの続き。
ところで、MBCの労働組合のうち極左の民主労組に属さない第3労組によると、この尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の「暴言」に関するニュースを最初に報じたのは、MBCのデジタルニュース、つまり、ユーチューブ動画版だったが、それがアップされたのは22日午前10時7分。
ところが、その37分前、MBCが第一報を報道する前に、最大野党「共に民主党」の朴洪根(パク・ホングン)院内代表は、9時30分に開会した党政策調整会議の場で、「尹大統領の暴言で韓米同盟を毀損(きそん)する外交惨事が引き起された」と発言。
KBSなどは、むしろこの朴院内代表の発言内容にまず飛びつき、MBCより早い午前9時54分に最初にネットニュースで報じるほどだった。
MBCの第3労組は、映像の編集前か途中に何らかの形で野党側に情報や映像が流れ、メディアと特定政党が癒着していた可能性があるとみていて、「大統領がほとんど独り言のように発した言葉を公表することによって外交問題にまで飛び火させたとしたら、その責任は重い」と指摘した。
確認取材をせず、意図的な編集をしたこと認める!?
仮にも国を代表する政治家の発言は、それが公式・非公式であっても、その発言があったシチュエーションや前後の脈絡にも注意し、どういう真意で行われた発言なのか、確認を取るのは取材のイロハだ。
発言の断片だけが切り取られ、それを1人歩きさせるとしたら、マスコミ倫理にもとる行為でもある。
驚いたことにMBCは、問題発言を伝えたニュースで、「発言前後の脈絡は確認できなかった」というテロップをわざわざ入れていた。
要するに「裏取り取材」、確認取材をしなかったことを自ら認め、何らかの別の意図を持ってニュースをでっち上げたことをほのめかしているようなものだ。
代表(プール)取材と使用解禁(エンバーゴ)の仕組み
日本のNHKと民放の場合、総理の外国訪問の際には、そのすべての外交日程を映像に収めるために、「プール取材」といってテレビ各社が1社ずつ順番に持ち場を決めて代表取材し、撮影した「プール映像」は、各社共通の素材として使用できるという取り決めをしている。
さらに各社が単独取材した映像でも、そこに首相の発言が入っていれば、各社共通素材にするというルールもある。
首相の発言は、いつでもどこでも公的なもので、1社独占は許されないという考え方からだ。
韓国の場合もプール取材した映像素材は、加盟13社に分配したあとは自由に使えることになっている。
しかし、大統領の発言が絡む素材に関しては、政治部記者に確認して、発言内容に関する原稿を用意する必要があるため、映像の使用解禁時間(エンバーゴ)が指定される取り決めになっている。
今回も、MBCが撮影した映像に録音された尹大統領の発言について、現地では各社の記者が集まり、何度も聞き耳を立ててチェックしたようだが、MBCが主張するように「バイデン」と言ったようにも聞こえなくもないが、よくわからないという声が大勢を占め、結局、エンバーゴが出たのはこの日午前9時39分だった。
しかし、野党・共に民主党の院内代表が「暴言事件」に関する発言をしたのは、このエンバーゴが出る前だった。
誰が聞いてもはっきりこうだ、と結論が出せないような音声について、MBCは大統領本人に確認を取ることなく、米議会とバイデン大統領を侮辱するような発言を行ったと断定し、ニュースとして世界に発信したのである。これを「謀略」と言わずして他に何と言えばいいのか。
過去にも数々の「謀略番組」を制作
MBCと言えば、2008年、米国でBSE狂牛病が発生し、韓国人は遺伝的に狂牛病にかかりやすいという完全なるデマをでっち上げ、それによって大規模な李明博(イ・ミョンバク)政権批判デモを巻き起こしたのもMBCの番組「PD手帳」だった。
この時、狂牛病にかかったとする牛の映像には、まったく別の病気の牛の映像を使い、米国市民に行ったインタビューでは、発言内容とまったく異なる翻訳テロップを付けていたことが判明している。
尹大統領は、外遊を終えて帰国した26日、「事実と異なる報道で同盟を毀損するのは、国民を危険に陥らせることだ」と述べ、「真相は確実に明らかにされなければならない」という考えを表明した。
MBC社長と担当記者・編集者らは、虚偽事実流布による名誉毀損および偽計業務妨害で26日、警察に告発されている。
小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から2022年8月までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。