「5秒の映像」に録音された大統領発言とは?
韓国では今、たった5秒のニュース映像とそこに録音された尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の発言を巡って、与野党と左右のメディアが対立し、上を下への大騒動となっている。
野党側は、「韓米同盟を揺るがす外交惨事」だとし、与党側は、「左派勢力がメディアと結託した政治謀略」だと互いに非難し合っているが、ことは同盟国米国を巻き込んだ外交問題にも発展しかねないだけに深刻だ。
代表取材のカメラマイクが捉えた会話
問題の発言は、以下のようなシチュエーションの中で飛び出し、録音されたものだった。
国連総会に出席した尹大統領は、現地時間の21日、バイデン大統領が開発途上国の衛生問題解決のためのファンドづくりを呼びかけて主催した「グローバルファンド財政公約会議」に出席。会議終了後の記念撮影のあと、尹大統領は壇上でバイデン大統領と48秒間の立ち話を交わした。
このあと尹大統領は朴振(パク・チン)外相らとともに会場をあとにするが、その姿を撮影していた公営放送MBCのカメラは、尹大統領が歩きながら朴外相らに話しかける音声をカメラマイクで拾っていた。
雑音で聞き取れない音声に「伏せ字」の字幕を付ける
MBCが尹大統領の発言として伝えたのは、「国会のXXたちは、承認しなかったらバイデンは赤っ恥をかくな」という内容で、卑俗語が使われているとして、XXなどと伏せ字にした字幕テロップを付けて放送した。
このXXの中には「セッキ(動物の子、野郎などの意)」が入り、もう1つは「チョッパリダ(恥ずかしい、みっともない)」という言葉が伏せ字にされた。
いずれも韓国人なら普段からよく使う言葉なので、伏せ字にしてもすぐにそれとわかる言葉で、ハンギョレ新聞によると、「道端のけんかで使われるような暴言と低俗な言葉」だという。
MBCテレビのニュース内容を伝えたブルームバーグ通信は、この「XXたち」をidiot (まぬけ)と訳し、AFP通信はthese f○○kers(バカなやつら)とし、いずれも米議会の議員たちを指して使われた言葉だとして世界に配信された。
韓国国会議員に言及したのに、なぜか米議会議員を指すと
問題は、XXたちが米議会の議員たちを指すのか、だけでなく、実際に「バイデン大統領」の名が言及されたのかどうかだ。
尹大統領の首席広報官の説明によれば、「国会」とは韓国の国会のことであり、XXたちとは韓国の国会議員を指す。さらには、「バイデン」と発音したとされる部分は、実際には「ナリミョン」(吹っ飛ばせば)と言ったのだという。
この説明で、納得がいくのは、バイデン大統領が主催したファンドづくりの会議で、尹大統領は1億ドルの出資を約束していた。
ただし、この1億ドルの支出は国会での承認が必要なので、「国会で“やつら(野党議員)”に承認されず、1億ドルの約束が吹っ飛んだら(私の)面子はまる潰れだな」とぼやいたことになる。
この尹大統領の言葉に続けて朴外相が、「説得するよう努力します」と発言しているので、前後の脈絡と平仄(ひょうそく)はすべてそろうことになる。
小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から2022年8月までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。