尹大統領は夏季休暇
8月2日に台湾を訪問した米国会下院のナンシー・ペロシ議長の行動に対して、
「火遊びをすれば、必ず火に燃えて死ぬ」
と、中国政府は猛反発。台湾周辺での軍事演習や弾道弾発射実験など、持ちうる手段をすべて使った激しい威嚇を行った。
一方、ペロシ議長は台北で蔡英文総統と会談した後、次なる訪問国である韓国を訪れたのだが、この時の韓国政府の対応が物議を醸すことになる。
8月3日夜、ペロシ議長は韓国京畿道にある烏山米空軍基地に到着した。この時に韓国側関係者は1人も出迎えに行っておらず、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の夏季休暇を理由にペロシ議長との会談は行われなかった。
主要国要人の訪韓では異例の“塩対応”である。その理由が、中国への忖度だったことは容易に察することができる。
「それで中国は納得したか?」「米国や同盟国との関係が悪化しないか?」
また、韓国民はこの政府の対応をどう思っているのか等々。その後が色々と気になってくる。
苦しい言い訳にアメリカの不信感は高まる
まず、韓国政府関係者の出迎えがなかったことに対して、韓国外交省は、「外国国会議長などの訪問に際しては通常、行政府関係者は出迎えに行かない」とコメント。
また、「カウンターパートである韓国国会議長が、予定を調整して出迎えるべきだった」と、議会に責任を押しつけるようなことも言っている。
さらに、休暇を理由にペロシ議長との会談しなかった尹大統領との会談について、「会談の予定は最初からなかった」「国益を考慮した結果」などと大統領報道官の談話は二転三転した。
苦しい言い訳といった感が拭えない。米国はどう思ったのだろうか。米国営放送のボイス・オブ・アメリカ(VOA)が、この件について元米国務省企画部長ミッチェル・リース氏に聞いたところ、
「韓国は価値観を共有しないという信号を世界に送ってしまった」
と、かなり手厳しい。
また、マーク・パトリック元国務次官代理もVOAのインタビューに応えて、「韓国は圧力をかければ屈するという間違った認識を中国に与えることになる」
このように語っている。米国が韓国政府の態度に不快感を抱いていることは間違いない。
政権支持率を下げても中国にはいい顔したい?
嫌中感情の強い韓国民もまた、韓国政府の対応を不満に思う者は少なくない。
SNSでは、「そんなに中国が怖いのか?」「韓国は外交を諦めたようだ」と、政府を批判するコメントで盛り上がっている。主要新聞でも批判的な記事が目立つ。
ペロシ議長への塩対応は、国外的には米国側や同盟国の不信感を募らせ、国内的には政権支持率に悪影響を与える失態だった。
しかし、最大の目的は達したようだ。
中国の環球時報は、尹大統領が休暇を理由にペロシ議長との会談を避けたことに対して、
「丁重ながらも国益を考慮したもの」
このように評価している。とりあえず、中国の怒りを買うことは避けられた。が、それが本当に韓国の国益に結びつくのだろうか。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社)、近著『明治維新の収支決算報告』(彩図社、2022年)。「さんたつ by 散歩の達人」で連載中。