「我々の敵だ」韓国国防省
尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、5月10日の就任演説で北朝鮮の弾道弾発射実験や核開発にも言及。融和一辺倒の前政権とは一線を画する姿勢を見せた。
尹氏は、大統領就任以前から北朝鮮については強硬な発言が目立つ。それは保守政権の伝統的な外交方針でもある。
また、大統領就任演説前日の5月9日には、韓国国防省が「軍精神戦力強化」を目的とする教材を配布した。そこには北朝鮮軍と北朝鮮政府について、
「我々の敵だ」
という文言がはっきりと書かれている。
2年前にも軍は同様の教材を配した。が、そこには北朝鮮を「敵」とする文字は見当たらない。
軍の指揮権は、大統領や首相といった国民に選ばれたリーダーにあり、国防大臣などの「文民」がこれを統制する。それが民主国家の基本。
政権が変われば、軍の戦略も大転換することは往々にしてある。
大型潜水艦も空母も宝の持ち腐れに!?
日本を敵視し続けてきた文政権下では、韓国軍も日本を仮想敵国としてこれに対応する装備を充実させてきた。
たとえば、昨年には3000トン級潜水艦「島山安昌浩」が就役し、同型艦2隻も建造に着手している。
非大気依存推進システムを採用し、外洋での長期活動が可能な大型潜水艦だが、活動海域の狭い北朝鮮海軍相手には無用の長物だろう。
また、韓国国防省では、2033年までに軽空母を実戦配備する計画を公表している。
建造費は2兆3000億ウォン(約2000億円)というが…、これも陸続きの北朝鮮には不要。陸上基地の航空戦力があれば事足りる。
海上自衛隊のいずも型護衛艦が空母化改造されることに対抗した計画だったことはよく言われていた。
尹政権が、本気で日本との関係改善にシフトすれば、これらの装備を保有する意味はなくなる。実際、空母建造計画は、すでに白紙撤回されそうな状況にあるという。
しかし、すでに建造されてしまった艦艇はどうなるのだろうか。
潜水艦だけではない。この近年に韓国海軍はイージス艦などの大型艦艇を続々と就役させ、外洋艦隊の陣容を整えてきた。
北朝鮮海軍が相手であれば、1000トン以下の沿岸警備艇があれば充分なのだ。
せっかくそろえた装備を宝の持ち腐れにしないためには、日本に代わる仮想敵国を外洋に求める必要がある。
たとえば、中国…。
“事大”からの脱却は本当にできるのか?
朴槿恵(パク・クネ)政権時代、韓国は済州島に大規模な海軍基地が完成させている。
当時は中国がこれに猛反発した。済州島近海は、中国にとっても海上交通路の要衝なだけにその存在は大きな脅威となる。米韓同盟にもその意図があっての基地建設だったのだろう。
文在寅(ムン・ジェイン)政権下では、この済州島基地の意味合いが変化し、日本に対する前進基地のように扱われてきた。
しかし、政権交代後の戦略転換により、これが再び中国の脅威となるようにことはあるのか。
また、最近では、韓国海軍が海外にも拠点を確保するべきだという議論も盛んだ。
韓国海軍戦略研究所などが、候補地としてベトナム南部のダナンを挙げている。ここは中国が領有権を主張する南シナ海の西沙諸島や南沙諸島にも近い。
韓国が北朝鮮・中国と関係を断ち、日米同盟にくみして中国の海洋進出に対抗するのなら、せっかく整備した外洋艦隊にもその使い道が出てきそう。
だが、近年では保守政権の時代でも、経済大国となった中国との関係悪化を恐れて、かつての朝貢国の頃のような“事大”に走る傾向があった。
尹政権がどこまで覚悟を決められるか…。
莫大な予算を費やして建造したイージス艦や大型潜水艦が、生かされるか持ち腐れるかは、そこにかかっている。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。「さんたつ by 散歩の達人」で連載中。
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