「ツギハギの服を着てはいけない」
北朝鮮 勤勉な女性たち 生で30年間接した中国人ビジネスマン語るの続き。
新義州の街は自動車が少なく、誰もいないので道路が広く見える。また、新義州の街中では、人々がきちんとしたきれいな身なりをしている。
これは、「ツギハギの服を着てはいけない」という政府の規則があるからだ。そのため、新義州ではどんな家庭でも市街を歩くことができる“きちんとした服”をそれぞれ1、2セットは持っている。
また、北朝鮮の人たちと接して、彼らが非常に礼儀正しいということがわかった。
私たちは会って握手をしたら、彼らは同時にお辞儀をする。北朝鮮の部下は、上司を非常に尊敬している。上司が部下を叱る時は、大きな権限を持っていて上下関係がしっかりしている。
以前、ある北朝鮮の物流統計担当者が、データを間違えて1時間以上も上司から叱られたことがあった。
積み下ろしを担当する女性
1997年頃、北朝鮮経済は、「苦難の行軍」と呼ばれる大きな困難に見舞われた。
北朝鮮は深刻な食糧危機に直面し、農民でさえも何か月も食糧配給が受けられない状況だった。
当時、毎日のように大量の食料を北朝鮮へ送っていた。北朝鮮へ届いた食料は、私たちの取引相手の北朝鮮商社が預かってくれた。
運び込むトラックから穀物などの積み下ろしは重労働だ。北朝鮮到着後は、男性は数を数え、女性が積み下ろしを担当していた。
北朝鮮の女性は、全体的に痩せていて、穀物を入れるヘビ柄の麻袋を持って歩くと足が震える。だから、穀物の積み下ろし後は、みんな汗だくになっていた。
肉体労働に精を出す理由
正直に言うと、穀物の積み下ろしをしている北朝鮮の女性たちを見るのは、切なくて忍びなかった。
北朝鮮の女性たちは、食糧配給を受けるために肉体労働に精を出していたのだ。
新義州の知人によると、女性たちには1日300グラムの配給があった。そこへ力仕事をすると、さらに200グラムが追加されたそうだ。
1日食糧300グラムあれば十分と思うかもしれない。
しかし、当時の北朝鮮は、極度の食糧難で、穀物以外の副食、食べ物がほとんどなかった。肉料理なんて見ることすらできなかったのだ。
だから、当時、彼らは穀物を大量に消費した。特に肉体労働者は、毎日たくさん食べていた。それでも、当時の北朝鮮人は、栄養不足から肌が黄みがかっていて痩せていた。
優秀で勤勉な北朝鮮人の女性たち
しかも、肉体労働へ従事する北朝鮮の女性は、帰宅するとすべての家事をやらなければならない。北朝鮮の男性は、家事をまったくしないからだ。
北朝鮮の女性は、子供を背負いながら、炊事や洗濯をし、掃除までこなす生活が一般的だ。
よく聞く話では、北朝鮮の女性が食事を作ると、まず、夫や子供に食べさせて、自身は台所で簡単に済ませることも少なくない。
ちなみに、現在、私は北朝鮮との貿易業務から離れているので、北朝鮮の人たちとじかに接する機会は少なくなった。
しかし、今でも私は、北朝鮮の女性たちの優秀で勤勉な姿が深く印象に残っている。