首相と面談できなかった姜昌一大使
5月に誕生した尹錫悦(ユン・ソンニョル)新政権は、戦後最悪の日韓関係を改善することを最優先課題としている。
そのために最も重視される「駐日大使を誰にするか?」。政権発足早々に人選を急ぎ、6月7日には尹徳敏(ユン・ドンミン)氏の就任が発表された。
前任者の姜昌一(カン・チャンイル)大使は、国会議員を経験した大物。東京大学大学院への留学経験もあり、日本側要人とも太いパイプを持つ知日派だったことから、当初は日韓関係修復のキーパーソンになると期待された。
しかし、首相と面談することさえかなわず、失意のうちに任期を終えている。
姜氏は過去に竹島問題で強硬な発言をしている。また、朴槿恵(パク・クネ)政権の慰安婦合意も「無効である」と主張した。
知日派ではあるが、けして“親日”ではなく、むしろ、対日強硬派。日本側もその本性を見透かして、冷たい態度を取り続けたようだ。
慶応大学で学んだ知日派
日本のことを多少知っている程度の人物では、もはや、こじれた関係を修復するのは不可能。姜氏の失敗で韓国側もそのことを学んだはずだが。
さて、新任駐日大使に選ばれた尹徳敏氏とは、いかなる人物だろうか。
尹氏は1959年生まれの62歳。慶応大学に留学して政治学博士号を取得し、同大学では客員教授に就任。その後、保守権下で外交省傘下の国立外交院院長にも抜擢されている。
尹氏が院長を務めていた国立外交院では、2015年に院内で日本センターを開設し、対日外交政策研究や日本関連の公共活動の強化が図られた。
彼が日韓交流に尽力していたことは間違いない。それもあり、前任者と違って日本政府からは好感を持たれているという。
慰安婦問題の認識で嫌な予感
しかし、その期待は裏切られるかも…、というのは、尹氏の駐日大使就任が決定する前月、彼は「アジアの未来」というオンライン会議に参加している。そこで慰安婦合意についてコメントしたが、話の内容から嫌な予感が沸いてきた。要約すると、
「責任のある日本側が、真摯な謝罪をすることなく金だけで解決しようとしたから、問題がこじれた」
と、日本の態度を問題視している。
当時、彼は国立外交院院長の立場にあり、当然、日本側との折衝にもかかわっているはず。それでこの認識なのだ。
過去の日本による植民地支配を絶対悪として、隙があれば謝罪を要求しマウンティングを取ろうとする。それは左派政権も保守政権も同じ。民族に共通する意識だろう。
しかし、強硬な対決姿勢で望む左派とは違って、保守派には、日本をうまく使って利益を得ようする“用日”が対日外交の基本戦略だ。
そのため、融和的に接しながらも「過去の罪」を意識させることを忘れない。それを利用して要所要所で譲歩を求め、交渉事を優位に運ぼうとする。
用日はもはや通用しない
事実、90年代頃まではそれが上手くいった。保守派には、まだ当時の成功体験に酔いしれている者多いだろう。
が、戦後最悪の日韓関係は、もはや、そんな小手先のやり方で修復できる状況ではなさそう。
文在寅(ムン・ジェイン)政権の末期、韓国政府は慰安婦問題に関しての妥協案をほのめかし、日本に秋波を送るようになっていた。しかし、日本の態度を変えることはできず。これに関しては尹氏も、
「4年前にこのような立場だった10の努力で解決できたが、今は100の努力でも解決は難しい」
と、コメントしていた。今も状況は同じ。用日の発想はもはや通用しない。彼がそれをどこまで認識できているか。
日韓関係の明るい未来のために「100以上の努力」を期待したいところではある。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。「さんたつ by 散歩の達人」で連載中。
\2022年6月28日新発売/
『明治維新の収支決算報告』(彩図社)