福島産水産物輸入を禁止する韓国
環太平洋経済連携協定(TPP)は、参加国間の貿易や投資の障害となる規制を撤廃し、太平洋地域に1つの強大な経済圏を建設する目的で発足したものだ。
日本でも農産物の輸入規制撤廃が加入の必条件となり、これに反発する農業団体の説得には苦労している。
TPP加入を目指す韓国もまた、政府は関連団体との折衝に汗をかいているようだ。5月25日には趙承煥(チョ・スンファン)海洋水産相が、
「TPPに加入しても国民の健康と安全のために、日本の福島産水産物輸入を禁止する立場に変化はない」
と、コメントしている。
福島原発事故から10年以上が過ぎた今も、韓国民は日本産の農水産物に対して強い疑念を抱いている。
TPPに反対する者たちからすれば、「協定に加入すれば禁輸措置も撤廃せねばならなくなる」と、都合の良い攻撃材料にもなるだろう。
輸入規制の継続を約束すれば、韓国側にとっては障害が1つなくなる。が、
「ちょっと都合が良すぎるのでは?」
激痛を伴う規制撤廃を断行し、難産の末にTPPを発足させた日本の立場からすれば、そう思ってしまう。
日本が求める“高いレベル”をクリアできるか!?
韓国政府は4月15日に開かれた対外経済閣僚会議において、TPP加入を推進することを最終決定した。この時にも、
「国民の健康と安全が侵害されないよう積極的に対応する」
と、わざわざ強調しているのは、国民が不安視する福島産水産物を念頭においたものだろう。
韓国政府や産業界では、かなり以前からTPP加入を求める声は大きかった。昨年9月に中国と台湾が加入申請をしたことで、加入申請を求める国内世論はさらに沸騰。
「ぐずぐずしている間に中国と台湾に虚を突かれた」
などと、保守系の新聞では、韓国政府の優柔不断をなじる論調が目立っていた。韓国政府も重い腰を上げざるを得ない状況だったのだろう。
しかし、この時にも日本政府は、複数のチャンネルを通じて韓国に警告を発している。12月には松野博一官房長官が、記者団から韓国のTPP加入に関する質問を受けて、
「高いレベルを完全に満たす用意ができているか、まずは見極める必要がある」
このように発言。“高いレベル”には当然、福島産水産物輸入解禁も含まれている。
台湾は“踏み絵”を踏んで先に進んだが…
台湾も韓国と同様に福島第1原発事故発生以来、福島県や北関東産の農水産物には厳しい輸入規制を行っていた。
しかし、今年2月には規制措置の緩和に踏み切っている。
台湾行政院によれば、「国際的な標準に合わせた対応」が必要と判断し、今後は原則的に解除する方針だという。
福島産農水産物の輸入規制撤廃は、いわば日本が求めている“踏み絵”である。台湾はそれを踏んで、加入へ向けて大きく歩を進めた。
TPPへの加入は、日本やオーストラリアなど12か国にもなる参加国すべての承認が必要になる。ましてや、米国が抜けた後のTPPで日本はその盟主ともいうべき存在だ。
そんな日本が求める踏み絵が踏めないとなればその先へは進めない。
TPPに加入するけど禁輸措置はやめない…。なんて話が、通用するとは思えないのだが。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。「さんたつ by 散歩の達人」で連載中。