教会行事に積極的な尹錫悦新大統領
尹錫悦(ユン・ソクヨル)新大統領が就任前の4月17日の復活祭の日、汝矣島の純福音教会で行われた「韓国教会復活節連合礼拝」に参席した。
尹錫悦氏は公式的には無宗教だが、学生時代にカトリックの洗礼を受けており、3月30日にも明洞聖堂で食事配布のボランティア活動を行っている。
尹錫悦氏がキリスト教関係の行事に積極的に参加するのには理由がある。
昨年10月、野党「国民の力」の大統領候補選出のための党内テレビ討論会で、左の手のひらに「王」という漢字が刻まれているのが放映された。これが、「巫俗(ふぞく)の呪術に関わるものではないか」と、ネット上で話題になったのである。
尹錫悦氏は「同じマンションの支持者が応援の気持ちで書いてくれたもの」と弁解し、疑惑の打ち消しに躍起になる一幕もあった。
クリスチャンが多い歴代韓国大統領
巫俗(=シャーマニズム)は韓国の土俗信仰だが、韓国民の中には迷信として否定的に見る人が多い。
文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の前任の朴槿恵(パク・クネ)元大統領は、友人の崔順実(チェ・スンシル、現在はチェ・ソウォンと改名)を政権に介入させたとして罷免されたが、その崔順実がシャーマン(祈祷師)だったことも影響している。
尹錫悦氏がキリスト教の行事に積極的に参加するのは、巫俗との関係を否定するためだと言われている。
もう1つの理由は、韓国にクリスチャンが多いことだ。
韓国統計庁のデータ(2015年)によると、韓国のクリスチャンは全人口の27.6%で、仏教よりも多い。今後の政権運営を安定させるのに、クリスチャンの支持は欠かせないのである。
ところで、韓国にはどうしてクリスチャンが多いのだろうか。
クリスチャンは、歴代大統領の中にも多い。
李承晩(イ・スンマン)、金泳三(キム・ヨンサム)、李明博(イ・ミョンバク)はプロテスタント長老派の信者であり、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)はカトリックだった。文在寅前大統領も夫婦ともにカトリック信者として知られる。
1960年代以降から急増するクリスチャン
韓国にクリスチャンが急増したのは、1960年代以降である。
朴正煕(パク・チョンヒ)政権下、韓国の産業化が進むと、農村から多くの人々がソウルなど大都市に流れ込んだ。
彼らは、工場労働者やサービス業従事者として社会の周縁部に置かれ、孤立していた。そのような人々にとって、教会は貴重な社交の場、社会参与の場となったのである。
また、韓国の伝統的な儒教の祭祀(祖先崇拝の儀式)は、その準備が大変で、家庭内では女性たちの負担が大きかった。
そのため、祭祀を執り行わなくてもよいクリスチャンになる女性も多かったと言われる。教会はまた、「男女有別」の韓国社会の中で、やましさを感じることなく男女が交流できる場でもあった。
2016年の統計で、韓国の教会の数は約5万5000堂、大部分はプロテスタント教会だ。これはコンビニの数(約4万店)よりも多い。
シャーマニズムが影響と指摘する故崔吉城氏
今年3月に亡くなった社会人類学者、崔吉城(チェ・キルソン)東亜大学教授は、昨年9月に刊行した『キリスト教とシャーマニズム―なぜ韓国にはクリスチャンが多いのか』(ちくま新書)で、興味深い説明をしている。
「韓国のキリスト教の急成長にはシャーマニズムが大きく影響している」というのである。
崔吉城氏は、母親がシャーマニズムの熱心な信者だったので、幼児から巫堂(ムーダン=シャーマン)の儀式を身近に見て育った。
その後、大学生の時に重い結核にかかり、それをきっかけにクリスチャンになった。シャーマニズムとキリスト教の両方を実際に体験してみて、韓国のシャーマニズムとキリスト教に多くの共通点を見出したそうだ。
韓国のキリスト教は神秘主義の傾向が強く、祈祷によって神霊と交流したり、神霊の力による病気治療を行ったリする。これらの特徴は、シャーマニズムと共通している。
世界最大の教会は韓国の純福音教会
また、シャーマニズムのシャーマン同様、教会の牧師はそのカリスマ性と話術、パフォーマンスが重視される。
信者たちは、牧師の魅力にひかれて通う教会を変えることもしばしばである。この傾向は、聖霊主義の大型教会に著しい。
汝矣島の純福音教会は趙鏞基(チョー・ヨンギ)牧師のカリスマ性で信者を集め、信者数約78万人(2003年)は、単一教会として世界最大と言われる。
祈祷は熱狂的であり、信者たちは体を揺らしながら大声で祈祷する。
尹錫悦大統領は、まさにこの汝矣島純福音教会で復活祭の連合礼拝に参加した。
儒教、キリスト教、仏教、シャーマニズムとバランスを取りながら付き合っていくことが、大統領就任後の安定した政権運営のためには大切であろう。
犬鍋 浩(いぬなべ ひろし)
1961年東京生まれ。1996年~2007年、韓国ソウルに居住。帰国後も市井のコリアンウォッチャーとして自身のブログで発信を続けている。
犬鍋のヨロマル漫談