北京五輪で火がついた反中感情
韓国人の反中感情がかつてなく高まっている。
韓国内には「朝鮮族」と呼ばれる朝鮮系中国人が多く住んでいるが、彼らは韓国民の厳しい視線にさらされている。
韓国人の反中感情は、今年2月、北京冬季オリンピック開会式で韓服を着た朝鮮族が登場したことで火がついた。
韓国メディアは「中国が韓国固有の文化を盗もうとしている」と反発した。またショートトラック競技で韓国人選手2人が失格となり、中国選手が金メダルを獲ったことも火に油を注いだ。
それ以外にも中国で「韓国のキムチのルーツは中国にある」という主張が現れたり、最近では、「韓国から輸入した衣料品から新型コロナウイルス感染が広がった」などという報道がなされたりして、韓国民を憤激させている。
このような状況を複雑な思いで見ているのが、韓国にいる多くの朝鮮族だ。
中国に170万人住む朝鮮族の歴史
朝鮮族とは、中国の東北3省(旧満州地方)に住む朝鮮系の人々である。韓国では韓国系中国人、中国同胞とも呼ぶ。
朝鮮族の起源は19世紀後半にさかのぼる。李氏朝鮮末、朝鮮半島の政治は乱れ、生活苦から多くの人々が中国(清)の領土に移住した。朝鮮族はそれらの人々の末裔(まつえい)である。
20世紀に入り日本が大陸に勢力を伸ばして満州国を建国すると、さらに多くの人々が朝鮮半島から満州に渡った。
彼らは大部分、日本の敗戦と満州国の滅亡の後、朝鮮半島に帰ったが、様々な事情で中国に残留した者も多かった。
その後、彼らは中国内で勃発した国共内戦や朝鮮戦争で、中国人民軍に志願するなどして中国に協力した。
その貢献が認められ、1952年には中国内の少数民族として自治権が与えられるようになった。朝鮮族の多かった吉林省には、延辺朝鮮族自治州が設置され、朝鮮語による教育も認められた。
1953年に112万人だった朝鮮族の人口は、2000年には192万人にまで増えた。その後、韓国に渡る人が増えるなどして減少傾向にあるが、2020年末の統計でも約170万人おり、中国の55の少数民族の中で13番目に多い。
韓国に大挙やってきた朝鮮族と差別
朝鮮族の人々が韓国に来るようになったのは、それほど昔ではない。韓国が中国との国交を開いた1992年以降のことである。
当初は親族訪問で少数の人々が来るにすぎなかったが、やがて韓国の発展ぶりが伝わると、漢方薬などの行商目的や出稼ぎ目的で入国する者が急増した。
韓国の賃金は中国の数倍も高く、朝鮮語ができる朝鮮族には言葉の壁もなかった。いわゆる「コリアンドリーム」である。
こうして1995年には不法滞在の朝鮮族が2万人に達した。
一方、韓国人との間では摩擦も起きた。
韓国人は貧しい朝鮮族を見下し、不法滞在という弱みにつけ込んで劣悪な条件で雇用したからである。
朝鮮族の金在国は1996年に『韓国はない』(邦訳『韓国人と中国人』1998年、三五館)という本で、韓国人の朝鮮族差別を告発した。
韓国人は朝鮮族を「不法滞在し、漢方薬を無許可で販売し、麻薬を売ったり、売春をしたりする犯罪者集団とみなしている」というのである。
就労ビザ発給で一時70万人にまで増えた在韓朝鮮族
1998年、韓国をアジア通貨危機(韓国ではIMF危機とも呼ばれる)が襲う。
韓国は国難を乗り越えるため、外資を導入し、外国人にも労働市場を徐々に開いていった。
2003年には、「外国人雇用許可制」を導入し、名乗り出た不法滞在者に就労ビザを与えた。これによって約18万人の不法滞在外国人が正式なビザを得たという。
さらに2007年には「訪問就業制」が施行され、朝鮮族を含む在外同胞は専門職以外の労働にも従事できるようになった。
これらの制度改革によって韓国内の朝鮮族は激増。2006年に約17万人だった朝鮮族は、2010年に40万人を越え、2020年には70万人に達した。
現在は、新型コロナの影響でやや減ったとはいえ、2021年末の統計では61万4000人となっている。
ソウル南部に出現した異次元空間
韓国に住む朝鮮族は、必ずしも韓国社会に溶け込んでいるわけではない。韓国人の厳しい差別にさらされているからである。
ソウルには朝鮮族の集住地域がいくつかある。ソウル南部の加里峰洞(カリボンドン)と大林洞(テリムドン)が代表的だ。
近くに工業団地があり、出稼ぎに来た多数の朝鮮族がそこで働いていたため、自然発生的に生まれた「チャイナタウン」だ。
ここには中国語(大陸式の簡体字)の看板を掲げた商店がずらりと並び、ソウルの中の異次元空間になっている。中華料理屋のメニューは羊の肉などを多く用いる中国東北地方の料理も多い。
客もほとんどが朝鮮族で、韓国人はここを「治安が悪い地域」とみなして敬遠している。
今、朝鮮族の多くは、韓国の若者たちが忌避する3K労働に従事している。女性は家政婦などをする者が多い。
韓国の3K労働を支える朝鮮族。差別は解消されるか?
今年の4月4日、「韓国経済新聞」は、人手不足に悩むソウル最大の青果市場、可楽市場の様子を伝えた。
韓国の若者は仕事がきついためすぐ辞めてしまう。これまで働いていた朝鮮族もコロナの影響で離職が相次いでいるそうだ。
ある卸業者は「最近は朝鮮族も韓国人並みの賃金を払わないと来てくれない」とぼやく。これはとりもなおさず、今まで朝鮮族を韓国人より低賃金で雇用していたことを意味する。
今や韓国の3K労働は朝鮮族によって支えられているといっても過言ではない。
韓国内での反中感情が高まる中、朝鮮族に対する視線はさらに厳しくなっている。
しかし、朝鮮族は韓国の産業構造の中にがっちりと組み込まれている。これまでのような「朝鮮族差別」を続ければ、いずれ韓国経済の首を絞めることにつながるのではないか。
犬鍋 浩(いぬなべ ひろし)
1961年東京生まれ。1996年~2007年、韓国ソウルに居住。帰国後も市井のコリアンウォッチャーとして自身のブログで発信を続けている。
犬鍋のヨロマル漫談