野党候補は尹錫悦に一本化
韓国大統領選挙の投票日を9日に控え、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補と中道系野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)候補は、3月3日朝、共同記者会見を開き、候補者を尹錫悦氏に一本化することを発表した。
これは、革新系与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補にとって大打撃であるばかりではなく、文在寅(ムン・ジェイン)大統領にとって退任後の身の安泰に大きな暗雲が立ち込めることになった。
最近の世論調査では、李在明氏と尹錫悦氏がともに支持率40%前後で大接戦を繰り広げ、安哲秀候補は10%前後で2人を追う展開となっていた。
ここに来て野党の候補者一本化が実現したことで、大統領選挙は与野の政権交代へ向けて大きく動き出すことになった。
2月27日には決裂が伝えられた一本化交渉
3日朝にテレビ中継された記者会見で安候補は、「尹候補と私はワンチームだ。必ず政権交代を実現する」と述べ、尹候補も「安候補の意志を受けて必ず勝利し、一緒に政府を作って成功させる」と語った。
安候補は、これまでも尹氏に対し候補一本化を提案してきたが、2月27日に「決裂宣言」が出され、一本化はなくなったとみられていた。
期日前投票の開始を翌日に控え、急転直下で一本化が決まった裏には、3度目の大統領選挙挑戦となる安候補の思惑があるとみられる。
3度目の挑戦で政権入りを目指す安哲秀
安候補は10年前に政界入りした後、2012年の大統領選挙に出馬したが、当時の民主党の文在寅候補との一本化のために出馬を辞退。結果的に文在寅氏は、与党セヌリ党の朴槿恵(パク・クネ)前大統領に敗れ、政権入りを果たせなかった。
安候補は、朴槿恵氏の罷免後に行われた2017年の大統領選挙にも出馬したが、今度は共に民主党の文在寅氏に敗れた。
安候補の経歴は異色である。
ソウル大学医学部出身の医師で、病院勤務中に自分のパソコンがコンピューターウイルスに感染し、それをきっかけにアンチウイルスソフトを開発、商品化して大成功した。その後、IT系の実業家から政界に転身し、国会議員となった。
今回の記者会見後の韓国マスコミとの質疑応答で安候補は、「1国会議員としての活動に限界を感じた」こと、「政権交代後に政権入りして、国民のための役割を果たしたい」との抱負を述べている。
与党に衝撃、文大統領への捜査が始まる?
一方、与党候補の李在明氏は、一時、野党の一本化決裂が伝えられたあと、安候補にしきりに秋波を送っていた。
しかし、今朝の記者会見で電撃的に一本化が発表され、ショックを隠せないでいる。
韓国のマスコミの取材に対しては、「歴史と国民を信じる。民生経済平和統合の道をひるまずに歩む」とコメントするにとどまった。
その李在明氏よりも衝撃を受けているのは、文在寅大統領だろう。
尹錫悦候補は、文大統領にとって検事総長時代に激しく対立した仇敵である。尹候補は大統領選出馬後、「自分が執権すれば、前政権の積弊清算捜査をする」と公言している。
安哲秀氏もまた、一本化発表の記者会見で「国民のために文政権の失政を正す」と述べている。
尹候補が当選すれば、文大統領に司直の手が伸びる可能性は高いだろう。
文大統領最後の3.1演説
ところで、文大統領は、候補一本化発表の2日前の3月1日、「3.1独立運動」を記念した式典で演説を行った。
いつもなら、自政権のこれまでの成果を並べ立て、自画自賛するところだが、今回は自賛するような材料がほとんどなかった。
新型コロナウイルスは、演説をしたまさにその日、22万人に迫る感染大爆発を起こしていたし、北朝鮮はその2日前に弾道ミサイルを発射していた。
最も時間をかけたのが、K-POPのBTS、映画「パラサイト」、ドラマ「イカゲーム」など韓国の文化面での成果だった。
今、文大統領が誇れるものは、これぐらいしかなかったのだろう。
国内外の耳目は、ロシアによるウクライナ侵攻に集中している中で、任期中最後の3.1独立運動の演説は、韓国のメディアでもほとんど取り上げられなかったほどである。
日本に関しては「日本は歴史を直視し、歴史の前で謙虚でなければなりません」との従来の主張を繰り返し、「反日」の姿勢だけは一貫していた。
注目される次期大統領の対日政策
日本国民にとって最大の関心事は、次期大統領の対日姿勢である。
与党の李在明候補は、京畿道知事時代から反日的な言動が目立っており、大統領候補になってからも、慰安婦問題、徴用工問題で厳しい見方を示し、文政権の路線を受け継ぐものと思われる。
一方の尹候補や安候補は、日本に対して融和的な発言をすることが、選挙戦で有利に働かないことを十分に認識しているため、慎重な発言をしている。
ただ、記者会見では、新政権の方針の第一に「未来政府」を挙げ、「過去にとらわれない、未来志向の日韓関係」を主張していることから、李候補に比べれば、日韓関係改善が期待できそうだ。
犬鍋 浩(いぬなべ ひろし)
1961年東京生まれ。1996年~2007年、韓国ソウルに居住。帰国後も市井のコリアンウォッチャーとして自身のブログで発信を続けている。
犬鍋のヨロマル漫談