李在明氏が実現へ意欲を示す「歴史歪曲断罪法」とは?
韓国与党・共に民主党が発議した「歴史歪曲断罪法」について、昨年11月末には、大統領候補の李在明(イ・ジェミョン)氏が「早期に国会通過させるべきだ」とコメントし、実現の可能性がさらに高まってきた感がある。
この法が施行されると、日本統治時代と軍事政権時代の独立・民主化運動や人権蹂躙(じゅうりん)などに関する事実を歪曲する行為が禁じられる。
違反した者には、最大10年以上の懲役、7000万ウォン(約670万円)の罰金など厳しい罰則が科せられる。
歴史の真実は時の政権次第
「歴史が“歪曲”されているかどうか?」それを判断するのは、歴史学者などの専門家で構成する「真実の歴史のための審理委員会」に委ねられるというのだが…。
しかし、委員の人選には、政権が大きく関わることになる。そうなると、歴史の真実は、政治の都合次第ということになりはしないか。
学問とは、様々な説を主張する者たちが議論を重ねながら真実を探求してゆくものだ。
歪曲認定を恐れて自由な議論が阻害されると、歴史学の発展には悪影響を及ぼすだろう。
また、現在でも新たな歴史の事実を証明する新発見が相次いでいる。新しい資料が見つかれば、その都度に歴史は修正される。過去に“歪曲”と判定されたものが「実は、真実だった」となる可能性は多分ある。
こんな法律ができてしまうと、大量の冤罪(えんざい)を生むことは避けられない。
文在寅政権の怨念から生まれた法律
昨年は「光州民主化運動真相究明特別法改正法」が韓国国会で可決されている。
歴史歪曲断罪法は、これをベースに適用範囲を広げ罰則を強化したものである。
光州事件とは、韓国がまだ軍事政権下だった1980年に民主化を求める学生・市民のデモを軍が出動して鎮圧し、大量の死傷者が発生した歴史的事件のこと。この後も民主化運動に参加した者たちは、弾圧されて辛酸をなめたという。
文在寅(ムン・ジェイン)政権は、事件の原因究明がいまだ不十分であり、事実の隠蔽(いんぺい)や歪曲が多分にあるとしてこの法案を制定した。
市民運動家だった文在寅大統領をはじめ、現政権の閣僚や与党議員には、事件に関与して刑務所へ収監された者が少なくない。
法案制定は、軍事政権下で弾圧されていた左派勢力の怨念、これを復讐の道具として利用する意図も多分にありそうだ。
旭日旗を所持していると刑務所入り!?
しかし、韓国には、当時の軍事政権にくみした者も多く、兵役出身者などには、これを擁護する意見は少なくない。
また、軍事政権の流れをくむ右派政党もいまだそれなりの力を有している。法案が可決されても、やり過ぎると大きな反発が予測され、それが抑止力となることも期待される。
しかし、“歪曲”の適用範囲が日本統治時代にまで及ぶとどうか。
同族である旧・軍事政権とは違って、現在の韓国に日本支配を擁護する者などほとんどいない。
日本に有利な歴史解釈はすべて“歪曲”と判定しても、誰も表立って異論を唱えないだろう。
これまでの韓国で「日本」がどのように取り扱われたか、それを見れば容易に察することができる。
現在も韓国社会では、日本擁護の意見を口にしづらいのだが、法で厳罰に処せられるとなれば、その傾向がさらに強まるだろう。
法律施行後は、旭日旗も処罰対象になる可能性があるという。
韓国は、「旭日旗は日帝支配の象徴、憎むのが正しい」が歴史観であり、掲揚したり所持するのは「歴史の歪曲」だとみなし、旭日旗をイメージするようなデザインにまで処罰の範囲が広げられるかもしれない。
しかし、これを自由主義社会で尊ばれるべき「表現の自由」と、どうやって整合性を取るのか。法案を発議した政治家たちには、聞いてみたいところではある。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。