雇用政策を最優先課題に掲げた文政権

雇用政策を最優先課題に掲げた文政権

文在寅大統領の政権公約はどのくらい実現したのか?

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領の任期は、今年の5月9日まで。残すところあと3か月あまりだ。

 今、韓国のマスコミは、文政権4年間の「成績表」をつける記事を次々に掲載している。

 前任の朴槿恵(パク・クネ)大統領が国民のろうそく革命で罷免されたあとを受けて大統領になった文大統領は、政権発足当初、「国民統合」を掲げると同時に多くの公約を発表した。

 国内経済に関しては「新規雇用創出」を最優先課題とし、「(公共部門で)非正規職をゼロにする」や「最低賃金引上げ」など、雇用に関する公約を矢継ぎ早に打ち出した。

 それから4年9か月経った現在、上記の公約は、どのくらい実現されただろうか。

就業者数増加は「粉飾統計」?

就業者数増加は「粉飾統計」?

就業者増減(左・オレンジ色)年間就業者数(右・黄色) 出典 統計庁

就業者数増加は「粉飾統計」?

 統計庁は1月12日、2021年の年間就業者数が1年前より36万9000人増え、2727万3000人になったと発表した。7年ぶりに大きな増加幅だという。

 しかし、前年の2020年には、新型コロナウイルス拡大の影響で就業者が21万8000人減っている。大きな増加幅は、前年の激減の揺り戻しにすぎない。

 韓国企画財政省は、「就業者数がコロナ以前の2020年2月の100.2%を記録し、コロナ危機前の水準を回復した」と胸を張った。

 しかし、政府の言う就業者数は、1週間に1時間でも働けば就業者とカウントして算出した数値だ。

 就業時間数別・年齢別の内訳を見ると、違う実態が見えてくる。

 1週間に36時間未満しか働かない就業者、いわゆるパートタイムの就業者が約75万人も増えている一方、36時間以上働くフルタイム就業者は減少しているのだ。つまり、短時間しか働かないパートタイムの雇用が増加したということだ。

 また、年齢別の内訳を見ると、60歳以上の雇用が33万人増えている。これは年間増加数約37万人の9割近くを占める。

 実は、高齢者の雇用の多くは、政府が税金をつぎ込んで創出した短時間型の職種なのである。

 政府に批判的な朝鮮日報は、これを「粉飾統計」として厳しく批判している。

「韓国版ニューディール政策」の“素顔”

 文政権は、新型コロナ感染症が韓国で拡大し始めた2020年4月に「コロナ非常経済会議」を開催し、「韓国版ニューディール政策」の推進を通じて「税金3兆ウォン(約2870億円)を投入して公共部門で50万人分の新規雇用を創出する」と約束した。

 政府・地方自治体は、大統領の掛け声に押されて知恵を絞り、様々な職種を考案した。3か月間に考え出された職種は、たとえば、次のようなものである。

―ハトの餌やり禁止監視人
―ベンチについた鳥のフンの掃除人
―バイク騒音監視人(騒音を立てるバイクのナンバーを撮影して通報)
―ペチケット遵守監視人(犬の散歩でフンを拾わない飼い主に注意する)
 ※韓国で使われるペットエチケットの略語
―図書館閲覧室監視人(閲覧室で騒ぐ人に注意する)
―浄化槽清掃推進(電話で家の浄化槽の定期的な清掃を勧める)
―地方税広報員(駅や集合住宅などで市民に地方税をきちんと納めるよう呼びかける)

 これらの仕事は、1日3~5時間程度の高齢者用アルバイトである。

 韓国マスコミはこれを「形ばかりの仕事」「偽の雇用」と批判する。

 政府の雇用統計は、このような仕事も就業者としてカウントしているのである。

数だけは増えたが質は悪化した雇用

 実は、韓国の雇用状況の悪化は、コロナ危機の前から生じている。

 朝鮮日報は1月24日付の記事で、コロナ危機以前の期間も含め、文政権発足後4年間の雇用状況を検証した。

 それによれば、文政権下の4年間で、フルタイム(週36時間以上勤務)の雇用が185万人分失われたそうだ。これに対し、週36時間未満のパートタイムの雇用は229万人分増えた。

 フルタイムとパートタイムを合わせれば、雇用は40万人分以上増えた計算になり、政府は、この数字をもって「雇用が改善した」と強弁する。

 しかし、実際には雇用の質は大きく悪化したのである。

最低賃金上昇で非正規職が増加

 では、非正規職ゼロの公約はどうだろうか。

 2017年の公約発表直後、仁川航空公社など一部の公企業で非正規職を正規職に転換する動きもあった。

 しかし、その動きは、民間企業には広がらず、文政権下の4年間で、非正規職はゼロどころか150万人も増えた。

 2017年に32.9%だった非正規職の割合は、2021年に38.4%まで高まったのである。

 その原因は、政権発足時のもう1つの公約、最低賃金の引上げが影響している。

 文大統領は、2017年に6470ウォン(約620円)だった最低賃金を「2020年に1万ウォン(約960円)にする」と宣言した。

 2018年に7530ウォン(約720円・16%増)、2019年に8350ウォン(約800円・11%増)へと大幅に引き上げた。

 これには中小企業経営者などが悲鳴を上げ、当初の公約であった「2020年1万ウォン」は撤回せざるを得なくなったが、2020年に8590ウォン(約820円)、2021年には8720ウォン(約840円)にまで上がっている。

大卒就職率が統計開始以来最低の65.1%

大卒就職率が統計開始以来最低の65.1%

年間失業者数(左・オレンジ色)失業率(右・黄色) 出典 統計庁

大卒就職率が統計開始以来最低の65.1%

 最低賃金の引き上げは、特に小規模事業者に打撃を与えた。一方、財閥系をはじめとする大企業には、「財閥改革」を旗印に締め付けを強め、正規職の雇用も委縮した。

 その結果、2021年末に発表された2020年の大卒就職率は65.1%と、2011年に集計が始まって以来最低を記録した。

 コロナの影響もあって企業が大卒の新卒採用を減らしたことに加え、海外での就職も低調だったことが響いている。

 参考に日本の2021年春の大卒就職率は96%。2015年以来6年ぶりに97%を下回ったというが、それでも韓国の65.1%に比べればずっと高い。

 文政権の成績表は、少なくとも雇用政策に関しては落第点がつきそうだ。

犬鍋 浩(いぬなべ ひろし)
1961年東京生まれ。1996年~2007年、韓国ソウルに居住。帰国後も市井のコリアンウォッチャーとして自身のブログで発信を続けている。
犬鍋のヨロマル漫談

記事に関連のあるキーワード

おすすめの記事

こんな記事も読まれています

コメント・感想

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA