韓国正月の定番料理「マンドゥクッ」
鶏ガラをベースにしたスープに餃子や野菜、キノコなどを入れて煮る。温かい汁と餃子のモチモチとした食感がクセになる。
この料理は「マンドゥクッ」と呼ばれ、今では海外在住の韓国系住民にも浸透しているとか。
米国のNBC系列のニュースでも、韓国系キャスターが「普通の韓国人のように、私も元旦には餃子スープを食べました」とコメントしたところ、一部視聴者から激しいブーイングがあったという。
1月5日の中央日報日本語版でも、これを取り上げてアジア人差別に絡めた記事を配信している。
まぁ、差別云々は、今に始まったことでもないので、興味をそそられる話ではないのだが。それよりも、韓国では、餃子が正月料理の定番になるほど親しまれていたことに驚かされる。
日本の韓国系食材店を覗いてみれば、なるほど、確かに、日本の食品メーカーから販売される冷凍餃子よりはずっと品数豊富。
各メーカーが競って製品開発してそうだ。そこからも韓国における餃子市場の大きさと韓国人の餃子愛を察することができる。
餃子は朝鮮王室の宮中料理だった
餃子は朝鮮王室の宮中料理だった
韓国では餃子を「マンドゥ」と言う。語源は中国語の「饅頭」からきているようだ。
日本で饅頭と言えば、肉まんとかを連想してしまうのだが、皮の厚さや形状こそ違えども、小麦粉の皮に具を詰めるというところでは饅頭も餃子も同族か。
朝鮮半島に饅頭の製法が伝わったのは、今から1000年以上昔の高麗の時代。
当時の高麗はモンゴル帝国の支配下にあり、帝国内の各地域と交易していた。この頃に西域からやってきたウイグルの商人が饅頭を売るようになり、朝鮮半島に根付いたという。
仏教を国教としていた高麗では、人前で肉を食べることは敬遠される。肉汁をたっぷり含んだ餡(あん)を皮の中に包み隠して食べる饅頭は、肉好きにとって都合が良さそうだ。
やがてそれが、鳥ガラや牛テールなどのスープにキムチや野菜などと一緒に煮込んで食べる韓国独特の餃子スープに発展。朝鮮半島の隅々で食べられるようになる。
また、マンドゥは「福を包んで食べる」という意味のある縁起の良い食べ物として、李氏朝鮮の時代には、すでに正月やお祝いの席では定番料理になっていたようだ。
昔は貴重だったスケソウダラの干物からとったスープで食べる餃子スープは、朝鮮王室の宮中料理にもなっている。
日本に餃子を伝えたのは誰か?
日本でも明治時代には、東京や横浜などの中華料理店で餃子を出す店はあったが、庶民の間にまで浸透するのは戦後になってからのこと。その歴史は韓国と比べてかなり浅い。
また、戦後の日本で餃子を流行らせたのは満州からの引揚者だと言われる。
彼らに餃子の製法、レシピを教えたのは満州の人々。そこには昔も今も多くの朝鮮系の人々が土着している。
そうして考えれば「日本に餃子を伝えたのは朝鮮系の人々だった」と言われても、否定はできない。その可能性はある。
「発祥」や「起源」にこだわりのない日本人には、それを言われたところで「どうでもいいや」ってな感じではあるのだが…。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。