拉致被害者が帰国する前年に起こったある事件

拉致被害者が帰国する前年に起こったある事件

2002年9月17日の日朝首脳会談を伝えた労働新聞(提供 コリアメディア)

 2022年は、北朝鮮によって拉致された日本人が帰国してから20年となる。

 日本政府は、17人を拉致被害者と認定しているが、うち帰国が実現したのは5人に過ぎない。

 実は、この帰国が実現する直前に起きた、ある日本人人質事件で日本政府は、北朝鮮側に300万ドル(約3億円)を支払っていたという爆弾証言が出てきた。

 これに気を良くした北朝鮮が、日本政府との交渉に応じたというのだ。

ユーチューブで証言

ユーチューブで証言

ク・デミョン氏の自伝本『거품(泡)』表紙

ユーチューブで証言

 証言をしているのは、脱北者のク・デミョン氏。ク氏は黄海南道出身。17歳の時に平壌に来た。

 北朝鮮の秘密警察、国家安全保衛部(保衛部)で運転手、貿易担当などとして10年勤めたあと、2016年に脱北して韓国入りした。

 最近、韓国で制作されているユーチューブ番組に相次いで出演。『泡』というタイトルの自伝も出版。日朝交渉の舞台裏を明らかにしている。

 2002年に電撃的に行われた日朝首脳会談では、日本側が田中均外務審議官(当時)、北朝鮮側は、ミスターXと呼ばれる人物が綿密な下交渉を行っていたことが明らかになっている。

 ミスターXはその後、柳敬(柳京とも表記。リュ・ギョン)保衛部副部長であることが判明している。ク氏は、柳敬氏と個人的に酒を飲む親しい関係だったという。

 ク氏はこう語っている。

身代金は現金で

 2000年初め、柳敬氏は平壌にある西山ホテルで日本のスパイを逮捕し、解放の代価として日本政府から300万ドルを現金で受け取った。

 この功績で柳敬氏は、金正日総書記から絶大な信頼を得た。そうして2002年9月、小泉純一郎首相の訪朝も実現させた

 この時発表された日朝平壌宣言は、日本と北朝鮮の国交正常化を謳ったが、実現しなかった。

 柳敬氏はその後も、平壌で米国人2人を逮捕し、2009年8月、ビル・クリントン元米国大統領が、解放のため訪朝させることにも成功した。

 「日本人のスパイ」についてク氏は、名前を明かしていない。時期的に該当するのは日経新聞の元記者だ。身代金の額は、当人も知らないことだろうから、あえて「S氏」としておこう。

 S氏は、1999年12月に5回目の訪朝をした際、「スパイ行為をした」として北朝鮮側に拘束され、2年2か月間の抑留生活を送り、帰国している。

 S氏は2002年に国会の衆院安全保障委員会で、一連の経過を証言した。

 その中でS氏は、帰国するに当たって身代金を要求されたのではないかと外務省の担当者に聞いたところ、要求されたと認めた。

 金額は「1億円か?」と聞くと、そんなに多くはない、まだ払っていないと答えたと証言している。

 このやりとりからすると、3億円はいかにも高すぎる。ク氏の記憶違いの可能性もある。支払われたかもはっきりしないが、S氏の解放実現に当たり、使途を明らかにしないでいい日本政府の「官房機密費」が使われたという噂があったのは事実だ。

韓国極秘訪問で柳敬氏の運命暗転

 柳敬氏は出世を重ね、自宅と自分の事務所には、金正日総書記との直通電話が開設されたという。北朝鮮最高の栄誉である共和国英雄勲章を2度も受けている。

 その切れ者、柳敬氏の運命が暗転するのは2010年12月のことだ。金正日総書記の特使として、ひそかに韓国に派遣された。

 このことは、現在は監獄にいる李明博(イ・ミョンバク)元大統領の自伝『大統領の時間』の中にも出てくる。

 「2010年12月5日、北側保衛部の高位幹部(柳敬氏のこと)が秘密裏にソウルに入った。北側は『将軍様(金正日総書記)メッセージを持ってきたが、なぜ私たちに会わないのか』と荒く抗議したという。しかし、彼らは金正日の書簡を持っていないと確認したので会わなかった

 柳敬氏は、金正日総書記から「李明博大統領(当時)との南北首脳会談を実現させよ」というの密命を受けていたが、空振りに終わった。

 韓国から帰った後、しばらくした2011年、柳敬氏は処刑されてしまう。柳氏の家族は収容所に送られ、一緒に働いていた部下も処分された。

拉致問題進展のために

 この事実が韓国メディアで報道された。突然の処刑の理由についてク氏は、「柳敬氏が、首脳会談の開催にかなりの進展を遂げ、南側からも肯定的な答えをもらったという、虚偽の報告書を作成したことが発覚したためだ」と語っている。

 日朝首脳会談から20年が経過し、被害者の家族は、相次いで亡くなっている。

 当時の経緯を振り返り、北朝鮮が何を期待していたのかを検証しなければ、残念ながら今後も拉致問題が進展することはないだろう


[구대명_1부] 북한 국가보위부 출신의 귀순! 한국 대통령을 만나러 왔던 특사의 비밀이야기

五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など、近著『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)。
@speed011

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