奴隷解放の父を知らない?
韓国では「最近の若者たちが世界史を知らない」と嘆く声がよく聞かれる。奴隷解放を行った米国大統領の名前を知らないとか、歴史的常識が欠落した中高生も多いという。
それは学校教育に問題があるとの指摘もある。韓国の中学校や高等学校では、歴史授業にかなり時間を割いているのだが、全体に占める世界史についての学習時間が少ないとか。それは本当だろうか。少し調べてみた。
「歴史教育の強化」で世界史は蚊帳の外に…
2007年に改定された韓国の学校教育における教科課程では、中学校の社会科は「地理+一般社会」「歴史」の2科目とした。また、高校の歴史授業には、新たに「東アジア史」を加えて、韓国を取り巻く近隣諸国との関係に関する歴史をより深く詳しく学ばせるようにしたあたりが、主な改定ポイントである。
日本でも今年、中学校の歴史は1課目しかない。日本史の流れを中心に、日本と関わる国々との関係と、その時々の世界情勢を解説するようになっている。中学校の歴史教科書にある世界史の記述は全体の20%程度だろうか。
世界情勢を学びながら、「それが自国の歴史にどのような影響を与えたか?」「世界と自国はどのように関わっていたのか?」と、自国の歴史を世界の動きに関連付けて学ぶことには、メリットも多い。
今では世界中の国々が、世界史と自国史を併せて教えるようになっているようだ。
日中との歴史問題に対抗するため
韓国の中学校が自国史と世界史を一緒に教える「歴史」なのは、世界的に見て決して珍しいことではないのだが。しかし、問題はそのバランスと内容にある。
2005年に韓国政府が実施した教育における世論調査によれば、「日本や中国の歴史問題に対応するために、小中高校での歴史教育を強化すべきだ」と考える者が全体国民の92%に達していた。また、「歴史教育の強化が国民共同体意識を高める」と考える者も88%と高い数字を示している。
この2年後に行われた教科課程の改定でも、この意識調査は参考にされているだろう。改定の目的とされた「歴史教育の強化」も、自国と近隣の日本、中国をにらんだものといった感は否めない。その分、その他の国々や地域に関する世界史のウェイトは低下する。
「世界」は日本と中国だけ!?
歴史授業で教える世界史と自国史の割合は、国によって違う。また、韓国の小中高で使用される教科書は、国家が著作権を持つ国定教科書が使われ、そこには国家の意志が明確に記されている。
小中学校の歴史の教科書を見ると、韓国史については確かに詳しい。日韓併合や日本統治時代の近代についても、かなりのページが割かれている。しかし、その他の国々に関する記述は、驚くほど少ない。
現場の教師も自国の歴史教育に関しては時間を使って語る。特に日本の植民地支配の残虐性や竹島(韓国名・独島)領有に関する正当性については、かなり長い時間を割いて教えるという。
そのため、他の国々のことについては、どうしてもおざなりになってしまう。中学校の歴史授業に世界史はなく、韓国史と日韓史があるだけ。それが実情のようだ。
もっともこの現象は韓国に限らず、どの国でも存在する問題であろう。日本も他国のことは決して言えないので、韓国だけが世界的に例外的な教育環境であるとは、言い切れないことは最後に補足しておく。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。