コンギョとは?
「コンギョって知っているか?」と先日、知人から聞かれ、考え込んでしまった。はて、何だろう。
「若者に間で結構人気な、北朝鮮の歌だよ。なぜか大流行しているらしい」と知人は言う。ハングルでコンギョと書いて見せられ、やっと理解できた。
「攻撃」という意味の朝鮮語だ。
動画サイトのユーチューブにアクセスすれば、簡単に聞くことができるという。まさか。
調べて見ると出てくる出てくる。正式な題名は공격전이다、日本では「攻撃の勢いで」「攻撃戦」と訳されている。
北朝鮮からの報道映像の勇ましい部分をつなぎ合わせ、この歌を流すもの、朝鮮語の歌詞に合わせて日本語の翻訳を流すもの、若者が1人で歌う動画もある。原語のまま歌うのがいいらしい。歌詞は3番まであるが、1番はこんな感じだ。
白頭山の稲妻のように
白頭山の稲妻のように
「攻撃戦だ」
赤旗掲げて進撃だ 銃隊を先頭に突撃だ 一心の千万隊伍を率いて進む その姿は先軍の旗幟だ
攻撃! 攻撃! 攻撃! 前へ!
将軍様の革命方式は白頭山の稲妻のように攻撃 正日峰の雷のように攻撃
攻撃! 攻撃! 攻撃戦だ!
その他、「目標は強盛大国の希望の峰だ、チュチェ偉業の勝利の峰だ」などいう歌詞もある。
もうあまり使われなくなった金正日総書記時代の用語も織り込んで、「攻撃、攻撃」とたたみかける。再生回数は多いもので何と800万回近い。
実は日本語版ウィキペディアにも「攻撃戦だ」を解説するページができている。それによれば、2010年1月27日付の労働新聞に曲名と歌詞が掲載された。朝鮮文学芸術総同盟の傘下にある朝鮮作家同盟中央委員会の作家ユン・ドゥグンが作詞し、当時、普天堡電子楽団所属の作曲家アン・ジョンホが作曲、歌唱はユン・ヘヨンだという。
経済再建の扇動歌
2010年の経済目標を達成するため、人民に「総攻撃戦」を促す際に作詞、作曲されて広まった。つまり、戦争を起こして攻撃せよと言っているのではなく、全力で経済を建て直そうと呼びかけるものだ。海外にある北朝鮮レストランでもよく歌われていたらしい。
日本でも2010年以降に徐々に広まっていったようだ。ユーチューブのコメント欄を見ると、「ファン」は10代の若者が中心だ。次のようなコメントを見つけた。
「受験勉強で落ち込んでる時に安定剤としてこの曲を聞いています」
「いけないのはわかっていても前向きなる曲」
「正直どういう状況を歌ってるのかわけわからんけど大好き」
「社会主義の国の国歌とか軍歌とか謎にハマるよな」
運動会のBGMとして、こっそり流したなどというコメントもある。曲調は単調だが、繰り返されるコンギョという単語を聞くと、確かに気分が高揚しそうだ。
脱北者は「意味を知らず歌うのは危険」
戦後の帰還事業で北朝鮮に渡り、その後、脱北して日本で暮らす川崎栄子さんは、この歌を知らなかった。脱北後に北朝鮮で作られ、流行したためだ。
川崎さんらは、北朝鮮に渡った後「人権を抑圧された」として、北朝鮮政府に5億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。
川崎さんは、「北朝鮮の宣伝歌は、頭で否定していても繰り返し聞かされているうちに信じ込まされる。歌詞の内容もしっかり知って欲しい」と警告を鳴らした。
北朝鮮音楽『攻撃戦だ』(カタカナ歌詞・漢字併記)
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など、近著『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)。
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