「対話にも対決にもすべて備える」対米関係
北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が7月訪中し、中国に食料支援を要請するのではないかとの観測が広がっている。
正恩氏は、党中央委員会8期3回総会(6月15~18日)の3日目の会議で米朝関係について「対話にも対決にもすべて準備せねばならず、特に対決に抜かりなく備えねばならない」と表明した。対決を強調しているが、わざわざ対話にも言及している。このため米国側は、「興味深いシグナル」(サリバン米大統領補佐官=国家安全保障担当)と、前向きに受け取っている。
同じ党中央委員会総会で正恩氏は、食料問題にも言及している。昨年の台風被害で穀物の生産目標を達成できず、「人民の食料状況が緊張している」と食料不足を認めたのだ。加えて食料難解決のために、積極的な対策を打ち出す必要性を訴えた。
7月11日に更新迫る中朝友好協力条約
訪中の狙いは、まずは食料支援を取りつけることだろう。さらに、米国と対話を再開する前に伝統的友好国であり、米国と激しく対立している中国を訪問して、今後の交渉を有利に進めたいのだろう。
「正恩7月訪中説」を打ち出したのは韓国の情報機関、国家情報院傘下の国家安全保障戦略研究院だ。もちろん、それなりの情報があってことだろう。
同研究院は、党中央委員会総会の結果を分析する資料の中で、「米朝対話の再開を考慮した場合、金正恩総書記の訪中や、中朝の間ハイレベルの交流が先に行われる可能性がある」と予想した。
具体的な時期について同院は、中朝関係の基本となっている「中朝友好協力条約」の更新が7月11日に予定されており、この前後ではないかと推測している。過去にも、金日成(キム・イルソン)主席や金正日(キム・ジョンイル)総書記が、条約更新に合わせて訪中したことが根拠だ。
大規模な食料支援に加えて中国製ワクチン提供も
中朝友好協力条約は1961年7月11日、中国の北京で、金日成主席と周恩来中国首相が署名した、安保協力をうたった条約だ。20年ごとに更新されており、今年がちょうど更新年に当たっている。
この条約には、「締結国の一方が、他の国家または国家連合から武力侵略を受け、戦争状態となった時は、締結国の他方は遅滞なく軍事的および、その他あらゆる援助を提供する」という軍事条項がある。国際情勢の変化によって、現在は、ほぼ死文化しているものの、条約は今も維持されている。
もし正恩氏が7月に中国を訪問し、習近平国家主席と会談すれば、中国は大歓迎するだろう。人権問題で批判されることの多い中国にとって、親しい仲間が駆けつけてくれたからだ。大規模な食料支援を約束するかもしれない。現在封鎖されている中朝国境が一部開き、貿易が再開される可能性もある。
世界を苦しめている新型コロナウイルスについて北朝鮮は、途上国にワクチンを供給する国際枠組み「COVAX(コバックス)」から、ワクチンを受ける約束を取りつけている。しかし、北朝鮮国内での接種状況のモニタリング(監視)受け入れに難色を示し、具体的な供給時期の見通しが立っていない。このため中国は、得意のワクチン外交を展開し、北朝鮮にも中国製ワクチンを大盤振る舞いするかもしれない。
本音は対米対話したくてしかたがない
一方、正恩氏の「対話の用意がある」との発言を受け、米国務省のソン・キム北朝鮮特別代表が6月19日から訪韓し、日本や韓国の担当者と、北朝鮮への対応について意見交換した。北朝鮮の経済状況が厳しく、非核化協議に応じてくるとの読みがあるようだ。
もっとも北朝鮮は、正恩氏の発言の後、すぐさま金与正(キム・ヨジョン)党副部長や、李善権(リ・ソングォン)外相が米国との対話に否定的なコメントを発表している。
いったい対話する気があるのかないのか分からなくなるが、これは、米国側を混乱させ譲歩を促す「心理作戦」との見方がもっぱらだ。本音は対話したくてしかたがないはずだ。制裁を解除してもらわないと、経済が破綻してしまうかもしれない。
ただ、北朝鮮が完全に中国側についてしまうと、米国は警戒し、対話に乗ってこないだろう。かといって、コロナ対策で国境封鎖を続けると国内の不満が高まるのは避けられない。無条件で大規模な支援を受けられるのは、中国しかない。
7月に正恩氏の訪中や中朝間の高官訪問があるのかは、今後の北朝鮮情勢を占う重要なポイントになりそうだ。
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、近著『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など。
@speed011