異例となった真夜中開催の軍事パレード
北朝鮮は朝鮮労働党創建75周年を迎えた10月10日の午前0時から軍事パレードを開催した。史上初の真夜中の開催である。
これまでの軍事パレードは「朝鮮中央テレビ」が生放送していたが、今回は19時間後の同日午後7時に朝鮮中央テレビで録画、編集したものが放映された。
映像は非常に作り込まれており、演出に力が入れられている。映像には金正恩委員長の登壇から、花火の打ち上げ、航空ショーなどが盛り込まれている。中でも注目が集まっているのは、新型のICBM(大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)である。
大型化した新型ICBM。火星16型か?
軍事パレードに新型ICBMが登場し、注目が集まっている。
北朝鮮が「自衛手段」と定義するように、北朝鮮にとって核・ミサイルは体制維持のための切り札であり、中でもICBMは対米交渉の中で重きが置かれている。
これまで北朝鮮が保有しているもので最大のICBMは「火星15型」であった。2017年11月に発射実験に成功し、射程距離は1万3000キロメートル以上とされる。北朝鮮が初めて米国全土を射程におさめる弾道ミサイルを保有したことで米国の危機感をあおった。
今回の最新型ICBMはこの火星15型より一回り大きく、過去最大のミサイルである。韓国では事実上の「火星16型」と推定している。
火星15型は(9軸、18輪)の移動式発射車両(TEL)に乗せられていたが、今回の新型ICBMは11軸(22輪)の運搬車両であった。全長が3、4メートル前後伸びているとみられる。
映像を見る限り直径も大きくなっており、重量も大幅に増加していると考えられる。米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、全長約25から26メートル、直径2.5から2.9メートルとの推定値を発表している。
新型ICBMは多弾頭化した可能性があるが性能はいまだ不明
では大型化したことで性能はどのように変化したのだろうか。
射程距離が伸びている可能性もあるが、すでに火星15型が米国本土を射程に捉えているのであれば射程距離は問題ではない。
そのため、軍事専門家などからは「複数の弾頭を一度に搭載できる多弾頭(MIRVs)能力を備えるための改良」という見解が出ている。
なお、北朝鮮は翌日11日付けの『労働新聞』で新型ICBMについて大きく宣伝しているが、「火星16」などの新名称を使用していない。後述のSLBMには新名称を用いていることから何らかの理由があるのかもしれない。
北朝鮮は2018年米朝シンガポール会談での合意を守って会談後はICBMの発射実験を行なっていないため、新型ICBMの実質的な性能はいまだ不明である。
新型SLBM「北極星4型」登場
パレードのもう1つの注目点は、新型SLBM「北極星4型」が登場したことである。
これは2019年に確認されたSLBM「北極星3型」の改良型で、側面には「북극성−4ㅅ」(北極星4ㅅ)と記されている(「ㅅ」は朝鮮語の子音で英語の「s」に相当)。
現在確認できる映像資料では北極星4型の大きさを推定するのは難しい。ただ、北極星3型の全長は約10メートル以上、直径は約1.4メートルであったところ、これとほぼ同じ大きさか、短く太くなったという見方が大半である。
潜水艦専門情報サイト「カバート・ショアーズ」(COVERT SHORES)を運営するH・サットン氏は、写真情報をもとに、北極星4型の全長は9.8メートル、直径は1.8メートルとの推計値を発表している。
大きさの変化について、専門家からは「北朝鮮が建造を進める潜水艦に搭載するため」という見解出ている。前述の新型ICBMと同様、発射実験が行われていないため性能は不明である。
アメリカ大統領選挙前に新型ICBMを試射する可能性は低い
新型戦略兵器の公開に対して、国連と欧州連合(EU)が国連安保理事会決議違反だと批判する一方、米国のポンペオ国務長官はこれを問題視しない考えを明らかにしている。
戦略兵器開発の次のプロセスとしては、当然新型ICBMの発射を試みると見られるが、今あえて米国を刺激する必要性もない。
米国は11月3日に大統領選挙を控えており、もしその前にICBMを発射すればトランプ大統領の足を引っ張ることになってしまう。金委員長としてもせっかく良好な関係を築いているトランプ大統領との約束を破ってまで新型ICBMを発射する必要はない。
金正恩委員長はこの日の演説でも「自衛的正当防衛手段としての戦争抑止力を引き続き強化する」などと述べたものの、米国を刺激するような発言は控えている印象であった(編集の過程で「敵対勢力」関連の発言が削除された可能性はある)。
いずれにしても、米大統領選挙およびトランプ大統領の行く末を静観する姿勢と見てよいだろう。
仮に11月3日にトランプ大統領が敗れ、民主党候補のバイデン氏が次期大統領になったとする。就任後、バイデン氏が対北政策について強硬な発言をするなどすれば、対抗手段として新型ICBMを試射するなど開発を進めていく可能性が高い。
八島 有佑