新型コロナも台風も「自力更生」で対処する北朝鮮
大規模な水害に見舞われている北朝鮮。今後、強力な台風が上陸し、被害が拡大することも予想されている。
水害に加え、国際社会からの厳しい制裁、コロナ禍もあり、三重苦に苦しんでいる。しかし、金正恩党委員長は海外からの支援は一切受けず、「自力更生」で対処すると表明した。新型コロナウイルスの流入防止ということだろうが、痩せ我慢の度が過ぎないか。
韓国の青瓦台(大統領府)も、息をこらして見守っている。
徐柱錫国家安保室第1次長は「経済状況の悪化などがこの先、(北朝鮮が)新たな変化を追求する基盤になると分析している」と語っている。
1面トップ、正恩氏ではなかった
そんな中、9月1日付の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を見た人たちは、目を疑った。
トップ記事は、なんと正恩氏の関連ではなく、政権幹部に関するものだった。
核・ミサイル開発担当の李炳哲党副委員長が、台風8号の被害を受けた南西部、黄海南道長淵郡の農場を見て回り、「1粒の穀物も無駄なく取り入れるための対策」を討議したとの内容だった。
マスクをした李氏がトウモロコシ畑の中に立ち、農民と言葉を交わす写真も添えられていた。さらに見出しには、なんと「指導」という単語が使われていた。
もちろん「1号消息」を呼ばれる正恩氏に関するニュースも掲載されていた。最近、死去した、抗日パルチザン出身の老幹部に花輪を送ったというものだが、1面の下の方のごく地味な扱いだった(1面4番目の右側、文章のみ)。
「事件だ」と元国情院幹部。紙面改革の2つの見方
韓国メディアも、この日の労働新聞を「異例」(『朝鮮日報』)「1面に党幹部が登場した」(「YTN」)などと伝えた。
北朝鮮情勢を長く扱ってきた韓国の情報機関「国家情報院」の元幹部は、驚きを隠さない。
「1号消息が、他の記事より小さく扱われた労働新聞を初めて見た。しかも、最高指導者にしか許されない『指導』という単語を部下に使っている。これは1種の事件だ」
この突然の「紙面改革」の背景については、2つの見方が出ている。
1つは、自分が視察に行けば、被災者に支援を約束しなければならないが、もう余力がない。しかたがないので、部下に行かせ、その様子を大きく報道させたというものだ。
8月には水害現場に、愛車であるトヨタのレクサスを運転して乗りつけ、さっそうと復旧を指示していたが、もう手がつけられない状況なのかもしれない。
権力分散?「委任統治」加速化か
もう1つは、正恩氏が自分の権力を本格的に部下に譲り、「委任統治」を進めているとの見方だ。
国家情報院は8月、金正恩氏が対米戦略や対韓国政策の一部権限を、妹の金与正党第1副部長に委譲しているとの分析を明らかにした。
経済など他の国政の権限も一部を側近に委譲しているとした。正恩氏が抱えるストレスを減らし、責任をかわそうとの狙いがあると説明している。
今後、北朝鮮の権力構造にどんな変化が出てくるのか。金与正氏が、さらに大きな権力を持つのか。
韓国統一省の関係者は「報道の変化を見守りたい」と韓国メディアに話したという。
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、近著『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など。