新型コロナ、北朝鮮も非常事態続く
北朝鮮で今いったい何が起きているのだろうか。この6月、突然、南北間の緊張が高まった。金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正党第1副部長が韓国から飛んできた体制批判ビラに反発した。6月4日には談話を出して口汚く韓国を罵り、軍事行動を示唆した。
ところが6月23日には、兄が党中央軍事委員会の「予備会議」なるものを映像会議で開き、当分軍事行動を保留すると宣言した。こう振り返ってもなんと慌ただしい動きだったか。北朝鮮は、一転して静かになっている。
「朝鮮中央通信」は3日、正恩氏が2日の朝鮮労働党政治局拡大会議で、新型コロナウイルスの防疫強化策を継続するよう指示したと伝えた。金正恩氏の動静が報じられるのは、党中央軍事委員会予備会議以来となる。
正恩氏は、周辺国で新型コロナの感染者が再び増えていると指摘。「早まった防疫措置の緩和は致命的な危機を招く。感染症流入の危険性が完全になくなるまで非常防疫活動を強化しなければならない」と述べたという。コロナの感染を防ぐため、今後も徹底した対策を取ることになりそうだ。
鉱物資源の対中輸出で年間10億ドル稼ぐ。漢陽大学の張ヒョンス教授
ところで南北間に起きた一連の騒動を解く鍵は、北朝鮮の外貨保有高、つまり手持ちのドルが底をつき始めていることにあると判断している。すなわちドルがなくなっており、正恩氏は焦っているのだ。このため、韓国とドル収入につながる共同事業をしたい、さらには経済制裁を解除して欲しいのだろう。
もちろん北朝鮮が、外貨保有高を自ら公表しているわけではないが、この問題で、注目を浴びている2つの論文があるので紹介しよう。韓国メディアも、この2本を繰り返し引用し、北朝鮮経済の動向を注視している。
1つ目の論文は「北韓の外貨需給と外貨保有額の推定と、北米非核化協商に関する示唆点」で、北朝鮮経済研究で知られる漢陽大学の張ヒョンス教授と、金ソクジン統一研究院研究委員が書いたものだ。「現代北韓研究」の2019年4月号に掲載された。
北朝鮮の外貨保有額について武器輸出、麻薬などの不法取引、密貿易を含めて計算し直した。正恩氏が権力を握った12年から13年には、北朝鮮に豊富にある無煙炭、鉄鉱石の中国への輸出がピークとなり、年間10億ドルを北朝鮮にもたらした。
経済制裁でドル収入縮小。今年末に外貨は事実上枯渇
ところが14年以降はドル収入が1億ドルから5000万ドル程度に縮小してしまう。国連安全保障理事会からの制裁が厳しくなり、鉱物資源の輸出は落ち込んだ。海外からドルを送金していた北朝鮮労働者らも帰国させられたからだ。
南北関係でも、16年2月には、北朝鮮のミサイル試験を理由に南北共同事業の開城工業団地が急きょ閉鎖された。
張教授とキム研究委員は「2018年末の段階での北朝鮮の外貨保有額を25億から58億ドル」と推定している。中国との貿易を維持しつつ、ドルの目減りを防ぎ、米国との非核化交渉を進め、制裁解除を目指すだろうと指摘している。
保有外貨については「2020年末に20億ドルにまで減少し、事実上外貨が枯渇する」と結論付けているのが注目点だ。
(続く)
(1ドル=107円)
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、近著『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など。