2020年元日、異例の新年の辞なし
今年も早くも10日が過ぎ、多くの北朝鮮研究者は、なぜ今年2020年の「新年の辞」が発表されていないのか気になっているだろう。実際、5日まで北朝鮮の『労働新聞』は2日以降更新されなかった。
北朝鮮の金正恩国務委員長が2013年に発足して以来、毎年発表されてきた新年の辞が今年は異例的に発表されてない。その理由としていくつか見解を述べたい。
まず、北朝鮮は、すでに年末の12月28日から31日に朝鮮労働党中央委員会第7期第5回会議を開いており、この総会で新年の辞に代わる内容が報告されている。
この総会では金委員長は、主に対米関係について、「我々は破廉恥な米国が朝米(米朝)対話を不純な目的実現に悪用することを決して認めず、これまで人民が受けた苦痛や抑制された発展の対価を受け取るための衝撃的な実際行動に移る」と警告した。
核開発・ICBM発射再開と同時に米との対話の余地ありと示唆
また、豊渓里(プンゲリ)の核実験場の廃棄や核、ICBM発射中止など、信頼構築に向けた「先制的な重大措置」に対し、米国は韓米合同軍事演習や先端兵器導入、追加の制裁で応じたと批判した。そして、「こうした条件で我々がこれ以上、公約にとらわれる根拠がなくなった」として、「米国が敵視政策を最後まで追求するなら、朝鮮半島の非核化は永遠にない」と警告した。その上で、「近く朝鮮民主主義人民共和国が保有する新しい戦略兵器を目撃するだろう」と明らかにした。
金委員長は、「米国の敵視(政策)が撤回され、朝鮮半島に恒久的で強固な平和体制が構築されるまで、国家安全のため必須かつ先決である戦略兵器開発を中断することなく、引き続き進めていく」との方針を示したのと同時に「我々の抑止力強化の幅と深度は米国の今後の朝鮮(北朝鮮)に対する立場次第で上向調整される」と述べ、米国との対話の余地が残っていることを示唆した。
保健・教育・環境事業部門へ言及。科学発展や自然災害対策をより推し進めるのか
このことから、以前から言われていた2019年の年内まで期限付きについて、米国からの反応がないことにしびれを切らしている一方で、さらに根気強く待つ度量を見せてもいる。
また、対米関係以外にも国内の経済発展は、もちろんであるが、保健、教育、環境事業部門についても多くの言及がなされている。
それぞれ具体的な内容は明らかにされていないが、昨年2019年の動向から見ると、世界水準に合わせて、たとえば、禁煙を推奨したり、さらなる科学発展に向けての理数系科目の重視、自然災害対策などが挙げられるだろう。
「サッカー強豪国」北朝鮮女子代表2020東京五輪出場は絶望的に
昨年の新年の辞にあった“冬季五輪”のへの言及から南北関係改善が期待されていたが、この委員会では、韓国への言及はなかった。今年、日本で東京夏季五輪が開催されるが、韓国の『聯合ニュース』が昨年末の12月25日に報じたところによれば、サッカー女子の北朝鮮代表が、来年2月に韓国の済州島で開催される東京五輪アジア最終予選の出場を取りやめたという。「アジアサッカー連盟(AFC)」に対し参加しない意向を伝え、その詳しい理由は明らかにされていないとのことだ。
明らかに政治外交的な理由である。北朝鮮の女子サッカーは強豪であるのにも関わらず、このままでは東京五輪への参加は難しい。このようなことは、今後、他の競技においても同様なことが起きる可能性が高いだろう。
注目の1月8日は軍事的行動なし
韓国の文大統領は、スポーツを平和構築の一環として、2024年の冬季五輪の南北共同開催を期待しているが、北朝鮮はこの“南北融和(平和)”を世界にアピールしたくない思惑が見える。
去る1月8日は金委員長の誕生日とされる。この日の前後に何か祝い事として軍事的な行動に出るか、または国内の人民向けに指導者としてのリーダーシップを見せるために、経済、保健、教育施設などへの現地指導の様子が報道されるかもしれないと注目されたが軍事的な行動は報じられなかった。
おそらく、遅れた新年の辞はなく、今後も明確な成果が期待されない事案があれば今年に限らず、「新年の辞」が発表されいないこともあるだろう。
宮塚 寿美子(みやつか すみこ)
國學院大學栃木短期大學兼任講師。2003年立命館大学文学部卒業、2009年韓国・明知大学大学院北韓学科博士課程修了、2016年政治学博士取得。韓国・崇実大学非常勤講師、長崎県立大学非常勤講師、宮塚コリア研究所副代表、北朝鮮人権ネットワーク顧問などを経て、2014年より現職。北朝鮮による拉致被害者家族・特定失踪者家族たちと講演も経験しながら、朝鮮半島情勢をメディアでも解説。共著に『こんなに違う!世界の国語教科書』(メディアファクトリー新書、2010年、二宮皓監修)、『北朝鮮・驚愕の教科書』(宮塚利雄との共著、文春新書、2007年)、『朝鮮よいとこ一度はおいで!-グッズが語る北朝鮮の現実』(宮塚利雄との共著、風土デザイン研究所、2018年)、近共著『「難民」をどう捉えるか 難民・強制移動研究の理論と方法』(小泉康一編者、慶應義塾大学出版会、2019年の「「脱北」元日本人妻の日本再定住」)など。