トランプ大統領から異例ともいえる厚遇を受けた北朝鮮の金英哲朝鮮労働党副委員長

トランプ大統領から異例ともいえる厚遇を受けた北朝鮮の金英哲朝鮮労働党副委員長

出典 『BBCニュース

トランプ大統領から異例ともいえる厚遇を受けた北朝鮮の金英哲朝鮮労働党副委員長

 6月1日(日本時間2日)、トランプ大統領は金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長とおよそ1時間30分にわたり会談し、金正恩党委員長からの親書を受け取った。そして、トランプ大統領は、会談後、史上初の米朝首脳会談を当初の予定通り6月12日にシンガポールで開催すると発表した。

 異例対応となる会談となった。

 会談は、ホワイトハウスの大統領執務室で行われたが、金英哲党副委員長のように敵対国と指定している国の指導部幹部であり、今回特例で入国禁止が解除されたとはいえ制裁対象となっている人物との会談が大統領執務室で開かれることは異例である。

 また、トランプ大統領は、金英哲党副委員長がホワイトハウスを後にする際には車まで見送り、その際に写真撮影にも応じるなど異例とも言える厚遇ぶりを示した。

 今回の会談には、対北強硬派として知られるボルトン大統領補佐官が同席しなかったという情報もあり、トランプ大統領としても今回の金英哲党副委員長との会談に友好的な態度で臨むためにいろいろ気を配ったようだ。

 これだけを見てもトランプ大統領が金英哲党副委員長のことを重要視していたことが分かるが、金正恩党委員長の最側近とされる金英哲党副委員長とは一体どのような人物なのだろうか。

キーパーソン金英哲党副委員長の経歴と人物像は?

 金英哲党副委員長の経歴を、北朝鮮メディアの発表や各国シンクタンクの分析を元にまとめてみよう。

・1946年両江道生まれで、万景台革命学院、金日成軍事総合大学を卒業。

・1962年から朝鮮人民軍15師団DMZ民警中隊で勤務する。1960年代から70年代にかけて、金正日総書記の護衛を務めたとされる。

・1968年にプエブロ号事件(米情報収集艦「プエブロ」が北朝鮮に拿捕された事件)で軍事停戦委員会の連絡将校を務めた(少佐)。

・1989年2月の人民武力部副局長に就任し(少将)、南北高位級会談予備接触北朝鮮側代表(1989年2月第1回~1990年7月第8回)を務めた。

 対南業務に直接携わるのはこの頃からとされ、1990年9月から1992年9月まで南北高位級会談予備会談の北朝鮮側代表、1992年3月から同8月までは南北高位級会談軍事分科委員会の北朝鮮側委員長として会談に出席している。

 その後も、2000年4月には金正日総書記と金大中大統領による南北首脳会談の儀典警護実務者会議で北朝鮮側首席代表を務め、2006年3月から2007年12月にかけて南北将官級軍事会談の北朝鮮側代表(中将)を務めている。

・2009年4月に最高人民会議第12期代議員に選ばれ、同年に朝鮮人民軍偵察総局の初代総局長に就任(上将)。

 偵察総局とは、2009年に朝鮮人民軍総参謀部偵察局、朝鮮労働党作戦部、朝鮮労働党対外情報調査部が統合し発足した対外諜報・特殊工作を行う機関とされている。

・2010年3月、哨戒艦「天安」事件が起こる。

 金英哲党副委員長が同事件を主導したとされるが、北朝鮮当局は「天安事件は韓国保守政権が捏造した謀略」と主張し、事件への関与を否定している。
 嫌疑を受け、2010年8月30日付けで米国大統領令により対北制裁の対象となる。

・2012年2月、「金正日勲章」を受章し、大将に昇格。

・2015年に詳細な理由は不明だが上将に降格していたことが判明するが、同年7月に再び大将に昇格。

・同年12月29日に交通事故で死去した金養建前統一戦線部部長の後を継いで現職である党統一戦線部長に就任したとみられた。

・2016年5月、朝鮮労働党第7次大会では、党統一戦線部長であることが公になるとともに、党中央委員会副委員長に就任し、党内序列が12位に昇格した。

・同年6月29日、第13期最高人民会議第4回会議では国務委員会委員に選出された。

 そして、今年に入って金英哲党副委員長が表舞台に姿を現す回数は急激に増え、

・2018年2月25日、平昌オリンピック閉会式に北朝鮮代表団の一員として出席。
・同年3月25日、金正恩党委員長の初訪中(第1回中朝首脳会談)に同行。
・同年4月27日、第1回南北首脳会談に同行。
・同年5月7日、金正恩党委員長の訪中(第2回中朝首脳会談)に同行。
・同年5月26日、第2回南北首脳会談に出席。
・同年6月2日、トランプ大統領と会談。

 となっている。

金英哲党副委員長の訪米は何をもたらすか?どうなるトランプ大統領と金正恩党委員長による6.12米朝首脳会談

 このように、金英哲党副委員長は南北交渉の実績を積んだベテランであり、金正恩党委員長の信任も厚い。
 休戦協定締結のためには外交的観点からだけではなく軍事的観点からもアプローチする必要があるため、軍事にも精通している金英哲党副委員長が適任とされたのだろう。
 5月26日の南北首脳会談に金正恩党委員長と同席したことからも、南北交渉、米朝交渉の最前線を任されていることは明らかである。 

 今回ホワイトハウスが今回の会談が重要視したのも、金英哲党副委員長が金正恩党委員長の最側近であり、キーパーソンであるという認識を持っているからなのだろう。

 ちなみに、北朝鮮最高幹部で訪米したのは2000年10月に金正日総書記の特使として訪朝した趙明禄(チョ・ミョンロク)国防委第1副委員長兼軍総政治局長以来18年ぶりとなる。

 当時クリントン大統領は、趙明禄第1副委員長の訪朝に非常に驚き、同人が携えてきた金正日総書記からの訪朝を促すメッセージに心が動かされたが、まずは準備が必要としてオルブライト国務長官を平壌に派遣したことは知られている。

 残念ながら、クリントン大統領は在任中に訪朝することはできなかったが、趙明禄訪朝がホワイトハウスに与えた影響は大きかったことは間違いない。

 今回の金英哲訪朝は、ホワイトハウスに何をもたらしたのだろうか。

 金英哲党副委員長の会談後、トランプ大統領が「米朝首脳会談は1回きりでは終わらない」と表明したことは、北朝鮮の核問題が6.12第一回米朝首脳会談での1回のみで解決できるものではないという認識を示すとともに、北朝鮮さえ敵対行動にできなければその後も引き続き対話する意思があることを示したものといえる。

 6.12の米朝首脳会談では、米朝間の敵対関係の解消について合意されることになると思われるが、それ以外にどれ程踏み込んだ内容で合意できるかに注目したい。

八島有佑

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