関心は正恩氏の「激やせ」
朝鮮中央通信などが9日に報じた北朝鮮の建国73周年の閲兵式は、ミサイルの代わりにトラクターが登場するのんびりしたものだった。
「挑発より内部の結束を重視した結果だ」などと分析されているが、日本では、北朝鮮の動きより「激やせ」した金正恩(キム・ジョンウン)総書記に関心が集中している。
スマートな灰色の背広姿で登場した正恩氏は、出席者に向けてにこやかに手を振ったが、演説はしなかった。今年に入って痩せたことが話題になっているが、今回はさらにスリムになったように見える。
韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は「周囲の勧めでダイエットをした結果だ」と説明している。それでも、リバウンドもなく順調に痩せ、とても健康そうに見えることから、かえって疑いと憶測を呼んでいる。
もっとも多いのが「影武者」説だ。本人は肥満体のままだが、住民が食料難で苦しんでいるので、そのままでは出てこれない。だから痩せた影武者を使っている。本人は重病で伏せっている、亡くなっているなど一部でエスカレートしている。
父にも「影武者4人説」
実は父の金正日(キム・ジョンイル)総書記の時も、「4人の影武者がいる」という噂があった。
平壌を訪問した人が本物の正日氏と会ったら、車いすに乗っていた。表で元気に活動しているのは、そっくりの顔をした映画俳優という主張だった。
しかし、正日氏は2008年に脳卒中で倒れてすっかり痩せこけ、片方の腕が不自由になった。その様子が、そのまま北朝鮮のメディアで報道された。4人も影武者がいるのなら、こういう時こそ、健康な影武者が出てくるはずだ。これ以降、影武者は、トンデモ説とされてきた。
スーパーコンピューターで3D分析している
正恩氏の場合も、影武者はいないだろう。3つの理由が考えられる。
過去に膨大な報道写真があり、顔や歯、耳、目の形、ほくろの位置などが様々な角度から記録されている。写真は、訪朝した外国メディアが高解像度で撮影したものもある。ハリウッドの特殊メイクの専門家でも、「完全そっくりさん」を作り上げるのは不可能だ。
さらに国情院は、スーパーコンピューターを使って、北朝鮮が流す正恩氏の報道映像をリアルタイムで立体(3D)分析している。歩き方の微妙な変化などから、健康の異変が把握できるからだ。もしコンピューターを騙すほど、立ち居振る舞いをそっくりコピーできたら、まさに神業だろう。
最後に、北朝鮮は最高指導者の活動報道に手を加えることは基本的にない。最高指導者が病気などの事情で、活動できない場合は、過去の映像をこっそり流用して、健在を装うことはなく、そのまま報道も途絶えてしまう。正恩氏の場合も、度々報道が途切れている。
むしろ痩せすぎの弊害?
それでも影武者説は、今後も消えないだろう。それよりも体重の落ち方が急激すぎるように見えることが気にかかる。このまま体重が減少すれば、何か健康上の異常が起きないか、注意して観察する必要がありそうだ。
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)、近著『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)。
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