動きを見せる南北対話
南北間では7月末に南北通信連絡線が一時復旧した一方で、米韓合同軍事演習で北朝鮮側が反発姿勢を示すなど北朝鮮情勢は一進一退の状況にある。
朝鮮半島の分岐点と言っても過言ではない重要な局面である今、南北対話および米朝交渉の現状と展望について、朝鮮近現代史を研究している康成銀氏(朝鮮大学校朝鮮問題研究センター研究顧問)に見解を伺った(以下、インタビュー内容)。
今年4月にバイデン米政権が新しい対北方針発表
バイデン政権は4月30日、対朝鮮政策の見直し作業が完了したことを明らかにし、「現実的なアプローチ」を取ると表明しました。ジェン・サキ米大統領報道官は同日、記者団に「我々の目標は朝鮮半島の完全な非核化であることに変わりはない」が、トランプ政権の「一括取引」やオバマ政権の「戦略的忍耐」とは異なる「調整された現実的アプローチ」と呼びましたが、具体的な中身の説明を避けました。
複数の米政府関係者によれば、新たな政策はオバマ、トランプ両政権の「中間」、つまり、制裁緩和など北朝鮮に対価を与えながら非核化の実現を目指す「段階的アプローチ」に転換する公算が極めて大きいとの見方を示しています。
対話の糸口を探す米国
バイデン政権の対朝鮮政策は朝鮮側に伝えられ、対話を求めましたが、同年6月15日~18日の党中央委員会第8期第3回総会で対米関係について、「対話にも対決にもすべて準備ができていなければならず、特に対決にはより手落ちなく準備ができていなければならない」としました。
これに対しジェイク・サリバン米大統領国家安保補佐官は6月20日、「興味ある信号」とし、「朝鮮の明確な信号を待っている」と述べました。しかし、朝鮮労働党中央委員会の金与正(キム・ヨジョン)副部長は22日、「自ら誤って持つ期待は、自身をさらなる失望に陥れるであろう」とする談話を発表し、翌23日には、朝鮮外相も談話で、「我々は、惜しい時間を失う無意味な米国とのいかなる接触と可能性についても考えていない」と述べました。
その後、8月10日から始まった韓米軍事合同演習のさなかに訪韓したソン・キム米国朝鮮政策特別代表は、8月25日の寄稿文の中で、「米国には、北朝鮮に対する敵対の意図はない。我々はゼロからスタートしているわけではない。2018年のシンガポール共同宣言、2018年の板門店宣言、2005年の6者協議共同声明を含む、過去に北朝鮮と合意した事項が今後の米朝外交の基盤となるだろう」としました。その上で、「ただし米国には、議論に進展があるまでは、北朝鮮関連の国連安全保障理事会決議を履行し続ける責任があることを明らかにしておく」と述べ、人道支援活動(保健及びコロナ防疫、植樹および衛生分野)、朝鮮戦争中に行方不明になった米兵の遺体発掘のための協力の再開を呼びかけました。当面は、人道的分野から協力しようとするものです。
米国が目指す中国包囲網と日米韓連携
「国家安全保障戦略の暫定的指針」(2021年3月3日発表)を手がかりに、バイデン政権世界戦略と朝鮮半島戦略のポイントを見ると、中国は国際秩序に挑戦する唯一の競争相手と位置づけた上で、「新しい国際規範や合意を形作るのは中国ではなく米国」と表明し、同盟国をはじめとする多国間の協調を図り、軍事・経済など多分野にわたる米国の優位と覇権維持を狙っています。
米軍はインド太平洋と欧州に重点配備し、中東では国際テロネットワークやイランなどに対処できるよう適正な規模にするとうたっています。「米国は『終わりなき戦争』には関わるべきではないし、そのつもりはない」と表明し、アフガニスタンにおけるテロとの戦いの早期終結を目指す方針を強調しました。
対朝鮮問題については、「韓国、日本と足並みをそろえて核・ミサイル計画の脅威を減らすため、外交力を結集する」としています。トランプ式の2国間対話を通じた「トップダウン」ではなく、韓日などの関連国とも積極的に協力する「ボトムアップ」方式の多国間対話ではないかと予測できます。
中国・ロシアは米国主導で進められている国際的包囲網形成の動きに反発し、警鐘を鳴らしています。西側諸国が敵対的な同盟を強化すればするほど、中国・ロシア・朝鮮の戦略的提携は一層強化されるだろうと主張しています。
非核化を巡る米朝双方の計算
朝鮮が求めるのは、2018年6月12日の朝米シンガポール共同声明に基づいた段階的解決案です。
だが、2019年2月のハノイ会談において、朝鮮側が経済制裁の一部解除を求め、その対応措置として「寧辺核施設の廃棄」を行うことを提案しましたが、米国側は段階的交渉を是としない、いわゆる「ビッグディール」、つまり「核施設や、化学・生物兵器プログラムとこれに関連する軍民両用施設、弾道ミサイル、ミサイル発射装置および関連施設の完全な廃棄」と過大な要求を求めたため、物別れに終わりました。
互いの計算法が異なっていたのです。朝鮮の非核化措置と米国の対応措置とのバランスを測る共通の目安・物差しを設定することが、今後の交渉を進める上で不可欠だということが改めて確認されます。
敵視政策の撤回を求め続けてきた北朝鮮
2019年12月末に開かれた党中央委員会第7期第5回総会(柱は朝米交渉と北朝鮮国内情勢)での報告で「正面突破戦」を掲げ、すでに米国との長期的対立を予告しています。
ここでは「新しい戦略兵器」を示唆しながらも、米国との対話を困難化させるのを避けて「核」という言葉をあえて使用しなかったし、そのほか今後の対米交渉の可能性に含みを持たせる発言を行っています。
たとえば、「米国の対朝鮮敵視が撤回され、朝鮮半島に恒久的で強固な平和体制が構築される時までは、戦略兵器の開発を引き続き行っていく」とする部分です。この発言の含意は、米国が朝鮮敵視政策を撤回し、朝鮮半島の平和構築プロセスが進行する状況になれば、朝鮮としては戦略兵器開発を再考する用意がある、ということです。
2021年1月に開かれた朝鮮労働党第8回大会では、「強対強、善対善の原則に基づいて米国に対応する」という党の原則的立場を示しました。先ほど述べたように同年6月の党中央委員会第8期第3回総会では、「国家の尊厳と自主的な発展・利益を守り、平和的環境と国家の安全を頼もしく保証するためには対話にも対決にもすべて準備ができていなければならず、特に対決には、より手落ちなく準備ができていなければならない」と強調しました。
米国の選択肢は対話か制裁の2択
朝鮮では、2017年11月29日に大陸間弾道ミサイル「火星15号」発射の成功によって国家核武力が強化されました。これは核デタランスが強化された、つまり、報復する意思と能力が備わったことを示しています。もはや朝鮮半島において戦争は不可能となったのです。
米国にとって対話に進むか、制裁を継続するかの2つの道しかありません。後者の道は、これまでのように朝鮮の戦略兵器の開発を一層進める結果をもたらすことになります。米国にとって対話への道しか残されていません。
このように朝鮮側は米国との対話を完全に閉ざしているわけではなく、あくまで「米国の行動次第」であることを示している。
水面下で南北対話に動き
7月27日に、昨年6月に遮断した南北の通信連絡線が復旧されました。朝鮮中央通信社報道は「北南の首脳は、最近数回にわたり交換した親書を通じて断絶されている北南通信連絡ルートを復元することで、相互信頼を回復し、和解を図る大きな一歩を踏み出すことに合意した」と伝えました。
韓国のメディア報道によると、南北首脳間で親書交換が始まったのは今年4月だという。親書を通じて合意された通信連絡線復元は、「北南関係の改善と発展に肯定的な作用」をすることになると指摘しています。
しかし、8月10日に韓米合同軍事演習が始まると、金与正(キム・ヨジョン)副部長は、「侵略戦争演習を敢えて強行した米国こそ、地域の安定と平和を破壊する張本人であり、現米政府が唱える『外交的関与』」と『前提条件なしの対話』は偽善にすぎない」「我々に反対するいかなる軍事的行動にも迅速に対応できる国家防衛力と強力な先制攻撃能力をさらに強化することに一層拍車を掛けるだろう」との談話を出しました。
さらに、翌11日には金英哲(キム・ヨンチョル)部長も「北南関係改善の機会を自らの手で逃したことになる」と軍事演習の強行を強く非難しました。
首脳会談をはじめ南北関係が動き出す可能性
ただ、両氏ともに過激な表現は使わず、具体的な対抗手段も明らかにしなかった。今年3月の韓米合同軍事演習を非難した金与正副部長の3月16日の談話が長文で激しい口調だったのに比べ、非常に対照的です。あくまで朝鮮側は、緊張緩和と平和の実現、北南対話と朝米交渉の再開を望む立場を堅持しているのではないかと考えられます。
韓米軍事訓練の開始により、南北通信連絡線は再び遮断されましたが、4月から数回交換した親書の内容はおそらく包括的な内容だと考えることができるため、幅の広い南北関係の改善が進むのではないかという分析が可能です。
第1に来年3月の大統領選挙を控えて、韓国当局者は有利な環境づくりの一環として南北交流を進めていく必要があり、朝鮮側にとっても進歩勢力が引き続き執権することが望ましい。何らかの動きがあると考えます。
第2に来年2月の北京2022冬季オリンピック・パラリンピックに向けて、各国の指導者とともに北南の首脳も参加し、首脳会談を行う可能性がある。2018年の平昌オリンピックのように南北交流のきっかけになれば、大統領選挙にも肯定的に作用するはずです。
この2点は、私の希望的推測に過ぎませんが、可能性としてあると考えます。その際にカギとなるのは韓国当局の決断と行動です。
在韓米軍の撤退はありえない
韓国当局は「自主国防力」の強化と米軍からの「戦時作戦権還受」を大きな目標に掲げていますが、実際には米国がそれを“だし”にして、米軍駐留費と武器購入の増額を実現しています。
アフガニスタンでの米軍の敗戦により、現在米軍の撤収が急がれている中、韓国の「自主国防力」と「戦時作戦権還受」が急務であるという声も上がっていますが、先に述べた米国の「国家安全保障戦略の暫定的指針」は、対中国包囲網の中心を日本・韓国との同盟強化と謳(うた)っているのです。アフガニスタンから米軍を撤収させ、アジアに振り向けることがすでに決まっていたのです。韓米合同軍事訓練が縮小もしくは一時中止することがあっても、撤廃はありえないと考えます。
「南北共助」で米国に向き合うことが必要
これまで韓国当局は、南北関係を米朝関係との調律の中で、同時並行的に行うという方針で、いわゆる「仲介者」「促進者」の役割を果たすと言ってきました。しかし、実際には米国の「制裁の枠内で」という前提条件の下で常に南北合意よりも韓米同盟を優先して行動してきました。米国がノーと言えば一歩も進むことができないのです。
金正恩(キム・ジョンウン)委員長(当時)は2019年4月12日、最高人民会議での施政演説で、「(韓国は)『仲介者』『促進者』のように振る舞うのではなく、民族の一員として自分の信念を持ち、堂々と自分の意見を述べて民族の利益を擁護する当事者となるべき」と述べています。
また、2020年6月16日の連絡事務所爆破直後に金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長が談話を発表(6月24日)し、「北南関係の展望は南朝鮮当局の態度と行動にかかっている」と指摘しています。
朝鮮側が具体的に求めているのは、板門店宣言や平壌宣言、南北軍事合意書に基づく実践的な行動です。韓国当局が「当事者」となり、南北共助の力で、米国に相対することができるかどうかにかかっていると言えるでしょう。
康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター研究顧問
1950年大阪生まれ。1973年朝鮮大学校歴史地理学部卒業。朝鮮大学校で歴史地理学部長、図書館長、副学長、朝鮮問題研究センターのセンター長を歴任。現在は同センターで研究顧問を務めている。
八島 有佑
@yashiima