かつてタイでも人気だった日本の芸能人
韓流芸能がタイでは非常に人気が高い。必然的に現れるのがファンクラブだが、タイの場合、その結束力の強さゆえに、タイを分断している反政府集会にも影響力を持ち始めている。
1990年代後半、あるいは2000年代初頭は、タイの芸能人が日本に進出したり、日本のアイドルがタイで公演をしたりなど、日本の芸能人がタイでも有名だった。ところが、今や日本の芸能人を知るタイ人はごく一部だ。日本の地下アイドルやご当地アイドルなど、マイナーを好む特殊なファン層が新しく生まれてはいるものの、日本の歌謡曲などはほとんどタイでは知られることはない。「ワンオクロック」など若い人にとってビッグバンドでない限り、日本の芸能は今タイでは響かない。
外国人芸能コンテンツ=K-POP
タイで台頭している外国の芸能コンテンツは、ほぼすべてが韓流になる。韓国映画やドラマ、K-POPが主流で、バンドあるいはグループ、もしくは芸能人個人を応援するファンクラブも存在する。ファンクラブは韓国の芸能事務所が公認のところもあれば、あくまでも私設のクラブなど、形態や規模はさまざまだ。
そんなタイの韓流芸能人ファンクラブは、本家韓国のファンクラブと同じように、贔屓(ひいき)にする芸能人の誕生日などの特別な日、あるいは期間に祝いの広告を出すことが増えてきている。
タイでは主に高架電車のスカイトレイン(BTS)の車両を包むラッピング広告で、その芸能人へ誕生日の祝いの言葉を届ける。芸能人本人へ祝いの言葉が届くというファンのメリットもあるし、広告料が電車会社だけでなく、広告の製作や印刷会社にも入るので、地域活性化にもつながる。日本の芸能人に対してこのような行動を取るタイのファンは皆無と言ってもいいだろう。
熱狂的なファンの小さな支援が大きな事態に
これら広告費はファンクラブから出る。富裕層のポケットマネーが流れている可能性もあるし、メンバー1人ひとりが少額を寄付し、その寄付金が大きくなって賄われている。
タイの場合、印刷関係は装置や材料が海外からの輸入になるケースが多く、日本よりコスト高だ。それでもこのように誕生日広告ができるのは、小さな力が集まって、大きな効果を生み出しているからだ。
ところが、このパワーが今、違う方向に向きつつある。
タイは2006年からタクシン・チナワット元首相を支持する派閥と、既得権益をタクシン元首相に奪われると恐れた富裕層を中心にした保守派の争いが続いていた。しかし、2014年に再度クーデターが起こり、軍事政権が樹立されている。当初はタクシン派でも保守派でもないグループが先頭に立つことで安堵したタイ人も多かった。ところが、景気悪化が続いていることと、選挙をすると公言しながら政権に不都合な政党を潰したり、法令を変えたりなどで、軍事政権に対する不信感が高まってきていた。
政治に口を出し始める韓流ファン
2019年ごろから若者を中心にした反政府集会が行われ、特に新型コロナウイルスで国民に手を差し伸べなかった現国王に対する不満も出てきており、現在は政府への批判だけでなく、王室不敬罪の撤廃を求めたデモになっている。
国王に対して声を上げるということは、これまでのタイではありえないことだった。それを今の若者たちはやっており、デモ隊と治安維持部門との衝突、デモ隊幹部の逮捕が相次いでいる。
韓流ファンクラブは、一見関係ないように思えるが、複数のファンクラブからデモ隊への寄付金が出されている。こちらも個人個人の寄付は小さいものの、それが大きな力となって、かつ複数のファンクラブからデモ活動の支援金が送られている。その額は一説では、約500万バーツともされ、日本円でおよそ1750万円にもなる。外国の芸能人ファンがタイの反政府集会の資金源となって、1000万円を超える寄付をしているのだ。
これだけの金額はデモ隊にとっても重要な資金となる。韓流ファンは、ただ韓国芸能人を愛でるだけでなく、今やタイの政治にまで口を出そうとしている。
Thai youths adopt K-pop to protest government
高田 胤臣
タイ在住ライター。2002年から現在にいたるまでバンコクで過ごしている。『バンコクアソビ』(イースト・プレス・2018年)、『バンコク 裏の歩き方【2019-20年度版】』(彩図社、2019年・皿井タレー共書)、『ベトナム裏の歩き方』(彩図社、2019年)、近著『亜細亜熱帯怪談』(晶文社、2019年・監修丸山ゴンザレス)など。
@NatureNENEAM
在住歴20年が話したい本当のタイと見てきたこととうまい話と(note)