正恩氏親書に隠された本音を探れ バイデン陣営が分析開始(1/2)の続き。
7月30日の親書で正恩氏は、「期待された戦争終結宣言が行なわれていないことがいささか悔やまれます」と伝え、朝鮮戦争の終戦宣言を願っていることを明らかにした。
これは、18年4月の南北首脳会談で文在寅大統領とも合意している。朝鮮戦争の終戦を政治的に宣言する「終戦宣言」のことで、今後の交渉進展のポイントの1つとなりそうだ。しかし、北朝鮮の核、ミサイル問題を切り離して宣言を出すのは難しい。
交渉カードは発射基地と核製造施設の閉鎖
9月6日の正恩氏の親書について著者のウッドワードは、「もっとも具体的な内容だった」と評価している。この中で、人工衛星発射施設の完全な運用停止、核物質製造施設の恒久的な閉鎖の2つには応じられると通知した。
過去の書簡は美辞麗句ばかりだったことから見れば、正恩氏はこの2つを「カード」として使うつもりだったのだろう。
翌19年2月、ベトナムのハノイで米朝首脳会談が実現したが、決裂してしまう。会談後の報道によれば、米国が求める主要核兵器研究施設5か所すべての解体に北朝鮮が応じなかったのが原因だった。
19年6月、2人は南北を分ける軍事境界線(DMZ)で短い再会を果たした。
米韓軍事演習に不快感
その後も賛辞にあふれた書簡のやりとりは行われたが、正恩氏は8月5日の親書に、自分の感情をはっきりと書き込んだ。
「戦争準備演習の攻撃目標が私たちの軍であることは明らかです」として、米韓合同軍事演習が、完全に中止されてはいないことが「極めて不快」だと述べていた。
『RAGE(レイジ)怒り』に出てくる正恩氏の文章を読むと、北朝鮮としての優先順位は、米韓軍事演習を中断し、朝鮮戦争の終結宣言を出すことだ。
これでとりあえず、危険な要素を取り除き、人工衛星発射施設の完全な運用停止、核物質製造施設の恒久的な閉鎖に応じる。場合によっては核関連施設を1つ閉鎖するといった戦略が見えてくる。丁寧な言葉使いをすれば、手紙のやりとりには応じると考えられる。
バイデン氏は「虐殺者」にラブレターを送るか
バイデン氏は19年11月にアイオワ州で行った演説で、トランプ氏と正恩氏が親書のやり取りしていることについて「この大統領(トランプ氏)は、虐殺者とラブレターの話をしている」と批判したことがある。
「虐殺者」とは激しいが、米「CNN」は、バイデン氏が正恩氏に親書を送る可能性があると伝えている。「親書外交」は一見、まどろっこしい。しかし、首脳会談をやるよりもリスクは少ないし、本音も読み取れる。さあ、バイデン氏はどうするだろうか。
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、近著『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など。