北朝鮮は「拉致問題は解決済み」とけん制
北朝鮮は「拉致問題は解決済み」とけん制
今年9月16日、約8年続いた安倍晋三内閣が総辞職し、新たに菅義偉内閣が誕生した。
日朝交渉に関連して、菅首相は9月29日に拉致被害者家族と官邸で面会。「自らが先頭に立ってあらゆるチャンスを逃すことなく、活路を開いていきたい」と伝え、被害者の早期帰国に向けて日朝交渉を進める決意を示した。
一方で、北朝鮮外務省日本研究所の李炳徳研究員は9月29日に談話を発表。「(日本人拉致問題は)我々の誠意と努力によりすでに不可逆的に完全無欠に解決された」と述べ、あくまで「拉致問題は解決済み」という従来の見解を示すことで新政権をけん制した。
「拉致問題を交渉の入口にしている限り、交渉テーブルにはつかない」という北朝鮮の方針に変化はないと見るべきだろう。
北朝鮮メディア「統一のこだま」が菅政権に初言及
北朝鮮メディアは、これまでも日本の新政権誕生時に批評を交えて報道してきた。
たとえば、近年では、菅直人政権は首相選出後から1日後(朝鮮中央放送)、野田佳彦政権は2日後(朝鮮中央通信)、安倍晋三政権は4日後(朝鮮中央通信)に初報道を行っている。
今回は菅義偉政権発足から3日後の9月19日に、ラジオ放送「統一のこだま」ウェブサイトが報道した。確認できている中ではこれが初めての報道となる。
ただ、「統一のこだま」は形式上民間メディアである。これまで朝鮮中央放送や朝鮮中央通信、「平壌放送」という国営メディアが新政権に関する初報道を担っていただけに、何らかのメッセージ性が込められているのかもしれない。
また、報道では菅首相の名前は出さず、「日本の新内閣」としか言及していない。内容は安倍政権の批判が中心であり、菅政権については、「日本の新内閣が歴史の苦い教訓を忘却し、『安倍路線の継承』などと言って軍事大国化へ進む企図を露骨に表している」と報じた。
それに加え、「大東亜共栄圏という妄想を追求すれば破滅的な運命は避けられないことを知って自重自粛すべき」という警告で締めくくっている。
菅政権の安倍路線継承を警戒
「平壌牡丹峰編集社」が運営するウェブサイト「朝鮮の今日」も、9月21日に新政権について言及している。
報道内容は前述の統一のこだまによる報道と似ている箇所が多く、安倍政権の対北政策を批判するとともに、菅政権が安倍政権の方針を継承することを警戒する内容となっている。
まず、安倍首相については、「安倍は首相辞任の意思を発表する際にも、(北朝鮮)ミサイルに関連した新しい安全保障戦略案を用意しなければならないとほざいた」、「朝鮮半島情勢の気流が変化すると、『前提条件のない首脳会談』云々言って朝日関係の改善を哀願した」、「安倍は平壌の扉の取っ手をつかむことができなかったのは当然である」などと酷評した。
さらに、「新たに日本の自民党総裁になった菅が、安倍路線の継承を口にして安倍の垢がついた古い遺物をそのまま抱えて、軍事大国へと進む企図を露骨に表していることである」と問題視している。
記事の最後には、「日本の新内閣が安倍一味のように大東亜共栄圏という妄想を捨てることができず無分別に振る舞うのであれば、前世紀に経験した惨敗より残酷な代価を支払うことになるだろう」と警告した。
このように菅政権発足を歓迎する報道ではなく、むしろ警戒心を示す形となっている。
日朝交渉はアメリカ大統領選挙がキーに
北朝鮮メディアの一連の報道を見ると、「対北敵対政策という安倍路線の継承は受け入れられない」という点が強調されている。
ただし、北朝鮮は菅首相自体を直接的に批判しているわけではなく、あくまで安倍路線を継承することに対する警告である。必ずしも日朝交渉の可能性を閉ざしているわけではなく、「首相が変わったところで安倍政権と同じ方針なら対話には応じない」というメッセージと見るべきだろう。
とは言え、北朝鮮の最大の関心は米朝対話であり、日本との交渉が二の次なことに変わりはない。現状は11月の米大統領選挙を注視していくものとみられる。
一方で菅政権にとっても直近の課題はコロナへの対応となっているし、米大統領選挙が終わるまでは独自に日朝交渉を進める状況にもないだろう。
日朝交渉、米朝交渉の行方は米大統領選挙の結果次第と言える。
八島 有佑