感染者が世界で10万人を超える中でいまだ「感染者ゼロ」を誇る北朝鮮
新型コロナウイルス(COVID-19)は、南極大陸を除くすべての大陸に上陸し、感染拡大が止まらない状況だ。
3月7日現在、約60か国で感染者が確認され、感染者数は10万人を超えている中で、北朝鮮の感染者数はいまだゼロとなっている。
「北朝鮮には既に感染者がいるのでは」と指摘する海外メディアもあるが、北朝鮮が新型コロナ対策を厳格に実施していることは確かだ。
では現在どのような新型コロナ対策を行っているのだろうか。
北朝鮮人民に予防措置を求めるとともに公共施設の消毒を徹底
機関紙『労働新聞』や『民主朝鮮』(日刊)などの北朝鮮メディアは連日、世界の感染拡大状況を伝えるとともに、人民には手洗いやマスク着用などの感染対策を求めている。たとえば、「家族の間でタオルを共同で使用してはいけない」、「公共の場にある共同物と手の届く部位との接触を減らせなければならない」、「外出するとき、必ずマスクを着用すべきである」など個人において予防措置を要請している(民主朝鮮3月3日付)。
また、公共施設における対策措置として、地下鉄やバスなどの交通機関や公的施設を定期的に消毒していると伝えている(労働新聞3月6日付)。
その他人の行き交いが多い「平壌第1百貨店」などでは従業員に対して検診を行うほか、従業員は訪れた客のマスク着用を確認した上で体温測定などの検査を実施していると説明している(労働新聞3月3日付)。ドアやエレベーターなど人の接触がある場所はもちろんのこと、商品の消毒まで義務づけているとのことでその徹底ぶりに驚かされる。
北朝鮮は過去にSARS(2003年)やエボラ出血熱(2014年)が流行した際も対策措置を講じているが、今回のコロナ対策はそれを超える水準で行っている。
北朝鮮当局が実際に感染者を把握しているかどうかはともかく、「すでに北朝鮮国内に感染者がいる」ことを想定した対策レベルである。
感染の疑いがある約7000人の医学的監視対象者
ところで、北朝鮮は、新型コロナ感染者をゼロとしつつも感染の疑いがある「医学的監視対象者」の存在を明らかにしている。
国営メディア「朝鮮中央放送」(2月24日)や労働新聞(3月1日)は、平安北道(北朝鮮西部)で約3000人、平安南道(中部)で約2429人、江原道(南東部)で約1500人、合計約7000人が医学的監視対象者となっていることを伝えた。
対象者は自宅などで隔離措置が行われていると見られ、民主朝鮮(3月3日付)は「家庭で医学的観察をうける者は風通しがよい個室に場所を構えて、一切の面会を拒まなければならない」などの対応措置を紹介している。
このような状況において「本当に感染者がゼロなのか?」という疑問の声もあるが、少なくとも医学的監視対象者の数まで詳細に明らかにしているのに感染者の存在を隠すメリットはあまりない。
先進諸国でも感染拡大を止めることが難しい中、医療体制が十分ではない北朝鮮にとっては、他国から医療支援を受けることを第一に考えなければならない。
実際、北朝鮮が様々な形で国外に救援を求めていることが明らかになっている。
他国からの物資支援を受ける北朝鮮。北朝鮮は感染者を把握できているのか?
「WHO(世界保健機関)」は2月に北朝鮮保健省の要請を受けたとして、実験用試薬やゴーグル、手袋、マスクなど個人向け保護装備などを提供している他にも、新型コロナウイルスの診断や隔離、治療などに関するテクニカルサポートを行っていると明かした。
また、ロシア外務省は2月26日、「北朝鮮の要請に応じて新型コロナウイルスの検査キット1500個を寄付した」と発表した。
その他、「国境なき医師団(MSF)」と「国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)」がそれぞれ、ゴーグルや聴診器、体温計、検査キットの寄付を行うことを表明している。
ただし、検査キットの寄付を受けたとしても、北朝鮮が検体検査(PCR法)機器をどの程度保有しているか不透明である。PCR法は簡単に言うと、検査キットで採取した検体に含まれるウイルスの遺伝子を増幅させて測定する方法であるが、北朝鮮がこの増幅機器を充分に所持しているかは定かではない。
そのため北朝鮮は感染者を隠しているというよりも、そもそも感染者を的確に把握することができていない可能性もある。
新型コロナウイルスに関する金正恩委員長の発言が初めて報じられる
労働新聞(2月29日付)は、金正恩委員長が党中央委員会政治局拡大会議において、「この伝染病が我が国に流入する場合に招かれる結果は深刻であろう」という懸念を示したことを明らかにしている。
この点については国外の見解とも一致しており、医療システムが脆弱な国で新型コロナウイルスの感染が広まれば収拾がつかなくなるのは必至である。
北朝鮮は国境封鎖により貿易も観光もストップしており厳しい状況が続いている。もし新型コロナウイルスが国内で大流行して工場などの生産施設がストップしてしまえば北朝鮮経済はいよいよ窮地に立たされるだろう。
北朝鮮もそのことは十分に理解し、危機感を感じているからこそ対策措置を徹底しているのだろう。
会議では「超特急防疫措置を取る」ことを話し合ったと報じられており、北朝鮮の対策措置は今後さらに強化、拡大されていくと見られる。
八島 有佑