「半地下」は月3万円

「半地下」は月3万円

映画パラサイトの英語公式サイト。Googleマップと連動して都市ごとの映画館を探すことができる

「半地下」は月3万円

 ポン・ジュノ監督の韓国映画「パライサイト 半地下の家族」が、第92回アカデミー賞の作品賞に輝いた。アジア単独製作の映画がオスカーの頂点に輝くのは、史上初。作品賞だけでなく、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞(旧 外国語映画賞)の計4部門で受賞しており、韓国映画の質の高さを証明した。
 
 ところで、映画を見た人なら分かるだろうが、タイトルにもなっている「半地下」が全体のキーワードになっている。半地下は貧困の象徴であり、ここを抜け出すことが家族の目標だ。高台にある富裕な家族の豪邸に「寄生」を始める。ところが地下生活の臭いを嗅ぎ取られ、最後に思いがけない展開につながっていく。

 湿っぽく、換気が悪い。大雨が降ると部屋が水浸しになるなど悪いことばかりだが、その分家賃は安く済む。約26平方メートルのワンルームの場合、入居保証金は500万ウォン(約50万円)で、家賃は30万ウォン(約3万円)が標準だという。住宅価格の高いソウルでは、破格の安さだ。

 空間の半分が地下にある部屋は日本ではほとんど見ない形態だが、調べて見ると韓国の現代史が色濃く影を落としていた。

軍事上の理由で作られた地下室が半地下発祥

 まず、半地下部屋は意外にも当初、軍事目的でつくられた。1970年、政府は一戸建て住宅や多世帯向けの住宅を新築するさい、地下室を併設することを義務付け、建築法を改正した。

 北朝鮮からの攻撃に備え、防空壕や兵士の隠れ場所とするためだった。ソウルでは、道路を横断する歩道橋がほとんどなく、地下道ばかりなのも、同じ軍事、防空上の理由だ。

 地下室を作っても、そこに家具まで用意できる人は少なかった。このため、初めは物置にされていたという。ところが1980年代にソウルの都市化が急激に進み、地方から人口が集まり始めたため、地下の部屋が「住宅」として整備され、貸し出されるようになった。
 
 こういった事態を受けて韓国政府は1984年、住宅法を改正し、地下室に窓を設け、換気や採光ができるようにした。これで半地下部屋が一気に普及することになった。

 軍事目的の地下室設置を義務付ける条項は、1989年に建築法から削除されたが、それでも半地下の部屋は広がり続けた。

 映画の中でも、半地下の部屋が大雨で水没するシーンが出てくる。窓と入り口だけで外部とつながっているので、当然、水には弱い。実際に水害に遭う部屋が続出し、ソウル市は半地下の部屋の建設を禁止した時期もある。

ソウル市民の7%が半地下住民、首都圏に集中

ソウル市民の7%が半地下住民、首都圏に集中

半地下を利用したソウルのホステル(簡易宿泊所)

ソウル市民の7%が半地下住民、首都圏に集中

 決して住み心地のよくない部屋に、いったいどんな人が住んでいるのだろうか。

 5年に1回調査している韓国統計庁の人口住宅総調査(2015年)によれば全国の半地下居住世帯は計36万3896世帯だった。1世帯の平均2.35人とすると、約86万人が半地下に居住していることになる。

 全国で半地下世帯がもっとも多いところは、何と言っても首都ソウルだ。同じ人口住宅総調査によればソウル(約2000万世帯)だけで、22万8467世帯が半地下に居住していた。次に多いところはソウル周辺の京畿道(9万9291世帯)。つまり首都圏にほぼ9割の半地下世帯が集中していることになる。

 ソウル市が韓国国土省とともに、ソウル市民1万6000世帯をピックアップして実施した2017年住居実態調査では、調査世帯中7.1パーセントが半地下住宅に住んでいることが分かったという。1割までは行かないもの半地下の住民数は、かなりな多さだ。
 
 これは住宅の価格や賃貸料が高いことが影響している。しかし、こういう家の住人は実は若者が主流だ。私も、実際に半地下に住む知人の家に行ったことがあるが、独り暮らしがやっとの広さだった。

 ソウル市内で半地下世帯が集中しているのは広津区や江北区、冠岳区などだ。いずれも町が古く、大学が集まる学生街だ。半地下部屋だけでなく、「考試院」と呼ばれるベッドと机椅子だけの簡易宿泊施設も密集している。

駐車場に取って代わられる?

 韓国国土省が毎年発表している住居実態調査でも、若者が半地下住宅に住んでいることが分かる。地下、半地下、屋根裏部屋など劣悪な住居環境に住む青年層の世帯(20~39才)は、青年世帯全体の2.4パーセントという結果だった。

 これは老人世帯の1.8パーセント、全年齢層世帯の平均比率1.9パーセントも上回っている。映画では、一家4人が住んでいるが、実態は若者が1人で住んでいるのが半地下部屋の実態に近い。

 4月の総選挙でも不動産対策は、最大の争点となっている。ソウルでは不動産価格が高騰しており、この価格抑制が至急の課題だ。映画パラサイトのヒットもあって、貧困層が住む半地下住宅の改善も、今後対策が求められるだろう。

 歴史の影で生まれた半地下部屋は、徐々に姿を消している。統計からも明らかだ。地下、半地下、屋根裏部屋の居住比率は2006年には4パーセントだったが、2018年には半分の1.9パーセントにまで減った。
 
 これは、若者の意識が変化し、半地下を嫌う傾向が強まったからだ。さらに同じビルを作るにしても、地下に大きな空間を作ると建設費がかさむため、建築主も好まない。最近では地下の空間に駐車場を作るのが一般的になっていることもある。

 ソウルの半地下部屋は、そのうち、歴史の1コマになるかもしれない。


第72回カンヌ国際映画祭で最高賞!『パラサイト 半地下の家族』予告編

五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)など。

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