ピンクネオンの色街も。厳しい規制により壊滅

ピンクネオンの色街も。厳しい規制により壊滅

往時のソウル最大の置屋街オーパルパル(588)

ピンクネオンの色街も。厳しい規制により壊滅

 かつて韓国風俗の代名詞とも言われたソウルのちょんの間「オーパルパル」(588の韓国語読み)。ソウル特別市東大門区の清涼里(チョンヤンリ)駅の近くにあり、ピンクのネオンが淫靡に輝く大歓楽街として知られていた。だが、2004年9月の性売買特別法の施行により、売春が厳しく規制され、置屋の摘発が相次ぐ。時は流れその後、2018年の平昌(ピョンチャン)オリンピックを機に、置屋街は壊滅。現在も建物の取り壊しが進んでいる。

 駅周辺ということもあって、再開発された後は65階建ての住商複合ビルや42階建ての百貨店が建つという。まさに社会のデオドラント(殺菌・消毒)化を象徴する地域の見本といった感じだ。日本の横浜の黄金町や埼玉の西川口と同様、街の一角にある風俗街の存在がモラルや教育上の観点から否定されて浄化が進むのは、経済先進国にある色街の宿命なのだろうか。

全盛期は200軒もの売春店。艶やかな美女が集う桃源郷

全盛期は200軒もの売春店。艶やかな美女が集う桃源郷

「オッパー!オッパー!」(お兄さん!お兄さん!)と呼びかけ懸命に営業

全盛期は200軒もの売春店。艶やかな美女が集う桃源郷

 オーパルパルの歴史は古い。1950年代の朝鮮戦争時に、軍人たちの慰安の場として始まり、その後は韓国を代表する置屋街として名を馳せた。隆盛を極めた80年代から90年代には約200軒、21世紀に入ってからも150軒もの売春店が密集していたという。

 筆者も何度か遊んだことがあるが、あちこちの置屋からあふれる眩いばかりのピンク色のネオンの輝きに圧倒されたのをよく覚えている。プレイスタイルは洗面器に入れた石鹸水で客の股間を洗ってから、ベッドに入るもの。日本の九州の福岡、天神や久留米にある店舗型ヘルスと同じ方式である。韓半島と九州は距離が近く文化もよく似ている。肌を露にした複数の女性たちがガラス窓越しに客を引く姿は、現世の桃源郷を思わせたものだ。

消えていく置屋街。日本の廃娼運動のよう

消えていく置屋街。日本の廃娼運動のよう

ギラギラ明るい店内ではそれぞれが鮮やかなコスプレをして差別化

消えていく置屋街。日本の廃娼運動のよう

 韓国の置屋街は、ここ数年は売り上げが減少していた。韓国経済の不景気の煽りを受けて、客足が遠のいていたのだ。強制撤去の裏には、家賃収入が厳しくなってきた住人たちの理解もあったという。

 2011年にはソウル駅近くの置屋街・龍山(ヨンサン)が消滅し再開発され、現在は高層ビルが建ち並ぶようになっている。オーパルパルが消えると、ソウルの置屋街は弥阿里(ミアリ)、永登浦(ヨンドンポ)、千戸洞(チョノドン)のみ。まだわずかながら営業しているエリアがあるのは救いと言えるだろう。

 売春は違法なものということで、撤去後に仕事を奪われた女性たちへの救助策はなしという。売春婦=哀れな女性=悪いもの、消したいもの、という考えは、日本の廃娼運動時に、実際に現場で働く娼婦たちの声にまったく耳を貸さなかった女性政治家たちとまったく同じ。歴史は繰り返す、という言葉が頭から離れない。

  • 中には低速運転させたタクシーから探す客も

  • 寒さが厳しい冬は室内からライターでコンコンと叩いて客引き

  • 清涼里駅から徒歩3分の場所にあった588

イコマ師匠
1973年愛知県安城市生まれ。風俗情報誌『俺の旅』の元編集長。徹底した現場取材をモットーとしている。足掛け15年間出版社に勤務した後、『俺の旅』の商標権を持って独立。現在はフリーの編集記者として活動中。自らのフェイスブックとツイッターの中などで『俺の旅』を継続している。
@ikomashisyo

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