安倍首相「前提条件を付けずに日朝首脳会談の早期実現を目指す」

安倍首相「前提条件を付けずに日朝首脳会談の早期実現を目指す」

安倍首相「前提条件を付けずに日朝首脳会談の早期実現を目指す」

 安倍首相は5月6日に、「前提条件を付けずに日朝首脳会談の早期実現を目指す」という方針を発表し、日朝首脳会談の実現により強い意欲を示している。

 北朝鮮が5月4日に日本海に向けて飛翔体(短距離弾道ミサイル)を発射している状況下での突然の発表であった。その後9日にも北朝鮮が再び短距離弾道ミサイルを発射しているが、方針は変わっていない。

 安倍政権ではこれまで頑なに「拉致問題の進展が日朝会談を行う前提条件」という方針を掲げ続けていたことから、「方針が180度転換した」という指摘もなされている。

 安倍首相はこの点、「金正恩委員長と向き合うとの決意を従来から述べてきた。条件を付けずに向き合うとはそのことをより明確な形で述べたもの」として、「方針転換」を否定している。

 だが、「前提条件なし」という方針はこれまでのスタンスからは一歩も二歩も進んだものであることは間違いない。

拉致問題を日朝交渉の柱にしてきた日本

 これまで日本政府は、日朝交渉において「拉致問題」を交渉の要としてきた。発端は2002年の日朝首脳会談にまでさかのぼる。

 2002年9月に小泉首相(当時)と金正日総書記による会談が平壌で開かれ、「日朝平壌宣言」が発表されたが、このとき、金正日総書記が拉致問題を正式に認めたことで、日朝交渉の様相が変わることになる。これ以降、拉致問題が日朝交渉における大きな課題となり、日朝交渉は何度も挫折し、それは安倍政権下でも同様だった。

 日本側は「拉致問題の解決が日朝交渉の前提」としているが、北朝鮮側はそもそも拉致問題を「(日朝平壌宣言で)解決済み」と考えているなど、両国間の認識の差は大きかった。

 北朝鮮は拉致問題を交渉の入口とする日本を非難してきたが、安倍首相はそれでもなお拉致問題の解決を最優先に掲げてきた。

 それが今回、「前提条件なし」と表明したのであるから、非常に驚くべきことである。

2019年日本政府が北朝鮮に送ってきたメッセージ

 安倍首相は昨年以降、「金正恩朝鮮労働党委員長と会いたい」と発言するなど、たびたび日朝首脳会談の実現に意欲を示していた。

 また、外務省が今年4月発表した2019年版の外交青書では、2018年版に記載があった「(北朝鮮に対し)あらゆる手段を通じて圧力を最大限まで高めていく」との文言を削除している。これは、日朝首脳会談実現に向けて、北朝鮮に攻撃的なメッセージを送ることを避ける狙いがあったとみられる。

 だが、一方で、日本政府は4月13日に期限を迎える北朝鮮への政府独自制裁を2年間再延長している。北朝鮮はこの措置に対して非難する声明を発表しており、今回の制裁延長は悪いメッセージとなった。

 これについては、今後の日朝首脳会談の実現までのプロセスを考えると、「独自制裁の延長が保留される、もしくは制裁の一部が緩和されるのではないか」という見方もあった。

 日本は2006年以降、北朝鮮に対し独自制裁を実施し、「ヒト・モノ・カネ」を大幅に制限しているが、たとえばこの中でヒトの往来の制限を解除することは交渉のカードになったであろう。経済援助などに比べれば実現しやすいカードである。

 ただし、2月にベトナムで行われた米朝首脳会談が合意締結にいたらないなど予想外の結果に終わり、国連制裁および米国政府の対北制裁が継続している中で、日本だけ独自制裁を解除することは難しかったという状況もある。
 

アメリカは日本の対北方針をどのように考えているか?

 北朝鮮との交渉は、現在の南北関係を考えても分かる通り、米国を抜きにして独自に進めることは難しい。文在寅大統領が、北朝鮮から「米国に追従している」と非難されても本格的な南北経済協力に踏み込めないのも、米朝交渉が現状停滞しているからにほかならない。

 では、今回の安倍首相の前提条件なしという方針を米国はどう見ているだろうか。

 そもそも今回の発表は、安倍首相が5月6日夜、北朝鮮の飛翔体発射(4日)について協議するため、トランプ大統領と約40分間の電話会談した後の発言である。

 安倍首相は、「今後の北朝鮮への対応については、すべての面でトランプ大統領と完全に一致している」とし、トランプ大統領からもこの方針について支持を受けていることを明らかにしている。

 今回発表された方針が日本政府内だけで形成されたのか、それとも米国とかねてから協議した上でのものなのかは不明であるが、少なくとも日本の「前提条件なし」方針が停滞している米朝関係にもプラスになると米国側は判断したのだろう。

「前提条件なし」発表の裏に隠された狙い

 気になるのは、「すぐに日朝首脳会談が実現するのだろうか?」ということである。

 日本側が少し対話に前向きになったところで、北朝鮮がすぐに対話に応じるとは考えにくい。また、仮に金正恩委員長が安倍首相との会談に応じ、日朝首脳会談が実現したとしても、日本側が現時点で提示できる交渉カードは少ない。

 先に述べた通り、国連制裁や米国の独自制裁が続いている中では、日本が北朝鮮に経済支援するなどのメリットを与えることは難しい。現在の文在寅大統領もその点で苦労している。

 結局、3回目の米朝首脳会談が開催され、「非核化」協議が進まない限り、日朝対話はどこかの段階でストップしてしまう。

 逆に言えば、日本政府が特に5月6日以降、日朝首脳会談に向けて積極姿勢を示し、また、米国が日本の「前提条件なし」方針を支持している背景には、この点をクリアする何かしらの理由や計画があると見ることもできる。 そうでなければ、北朝鮮が短距離弾道ミサイルを発射している状況下で発表しないだろう。

 ただ、その理由や計画が、米朝間で非核化協議進展の兆しがあるからなのか、6者協議(日本、北朝鮮、韓国、米国、中国、ロシア)の見通しが立ったからなのか、現時点では憶測の域を出ない。
 

世論の支持を受け日本政府はどのように動くか今後の動向に期待

 「前提条件なし」方針の発表に、観測気球の目的があったのであれば、日本の世論はこの方針に好反応を示している(『読売新聞』による世論調査によると、この方針に対する「賛成」は52%、「反対」は33%)。

 6者協議メンバーのうち、日本だけが首脳会談を行っていない。

 交渉の上で妥協はよくないが、まずは交渉のテーブルにつかなければ拉致問題の解決もその他の交渉もあり得ないのもまた事実である。北朝鮮が応じるかはともかく、「前提条件なし」という方針を打ち出した日本政府の今後の動向に期待したい。

八島有佑

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