北朝鮮打倒を掲げる自由朝鮮。メンバーの1人が逮捕された
北朝鮮打倒を掲げる自由朝鮮。メンバーの1人が逮捕された
北朝鮮を恐怖に陥れる男 北朝鮮反体制組織「自由朝鮮」代表エイドリアン・ホン・チャンは何者か?の続き。
北朝鮮の体制打倒を公言している反体制グループ「自由朝鮮」をめぐり、4月19日に急展開があった。2月に、スペイン、マドリードにある北朝鮮大使館を襲った10人のうち、1人が米当局に逮捕されたことが分かったからだ。
米国の有力紙、『ワシントン・ポスト』が伝えたもので、逮捕されたのは、メンバーの1人で元米海兵隊員、クリストファー・アン容疑者だという。
この事件での逮捕者は初めてと見られる。米当局はまた、団体の指導者で米国在住のエイドリアン・ホン・チャン容疑者の自宅を捜索したという。スペイン当局は防犯カメラの映像から犯人グループを割り出しており、米当局に拘束を要請していた。
自由朝鮮も自らのウェブサイトで、逮捕を認める声明を出している。
自由朝鮮の背後には、米中央情報局(CIA)や、米連邦捜査局(FBI)がいるとされていたが、米政府は方針を転換したのか。それとも、元々、純粋に民間レベルの活動だったのか、今後、実態が分かってくるだろう。
ハンソルは米国に?
自由朝鮮は、マレーシアの空港で2年前に毒物を顔に塗られて殺害された、金正日総書記の長男、金正男の長男、金ハンソルの保護に当たった団体で、当時は「千里馬民間防衛」と名乗っていた。
千里馬民間防衛は、自らのウェブサイトでハンソル自身が話すビデオ映像を公開し、世界の注目を集めていたが、最近まで目立った活動はなかった。
実は今年2月、エイドリアン・ホンは、極秘で日本を訪れていた。このときに、日本にある北朝鮮関連の人権団体代表と会っている。在スペイン北朝鮮大使館襲撃事件の前という微妙な時期にあたる。
この代表によれば、「ハンソルの身柄を安全な場所に移さねばならない。知恵を貸してほしい」と言われたという。また「日本政府の関係者にも会いたい」と協力を求めていた。拉致問題がある日本政府との連携を模索していたのかもしれない。
ハンソルとその家族は、父親の暗殺直後にマカオを出国し、台湾を経由してどこかの国に入国したと伝えられている。オランダにいたとの証言もある。現在は米国に滞在しているとの見方が有力だ。
しかし、2月の段階では、まだ米国以外の国にいたか、米国の正式な保護下にはいなかった可能性がある。その後、ハンソルが、亡命者を強力に保護するプログラムがある米国政府の保護を受けることが決まったことから、自由朝鮮は、満を持して大使館襲撃という「実力行使」に出たのだろうか。
ハンソルは体制打倒のシンボルに
ハンソルは、1995年平壌に生まれ、その後は海外で暮らしている。主にマカオで学校に通っていた。香港の大学を目指したが、香港政府がこれを拒否したため、フランスの名門パリ政治学院に入り、2016年に卒業している。
この学校は、ミッテラン元大統領やシラク元大統領、マクロン大統領などフランスの政治、外交のトップを輩出している超エリート校だ。
ハンソルは身の安全のため、フランス北西部の大西洋に臨む港湾都市、ル・アーヴルのキャンパスに通い、フランス当局の保護を受けていた。
ハンソルは、テレビとのインタビューで、金正恩委員長を「独裁者」と呼び、統一して南北が自由に交流することを望むと発言したことがある。ロンドンの大学への進学も検討していたが、身辺の安全を考えて、マカオに帰国した。
ハンソルは北朝鮮では無名の存在だが、自由朝鮮は、体制崩壊を目指すうえで、金ファミリーの血(白頭の血統と呼ばれる)を受け継ぐハンソルを、体制打倒のシンボルとするつもりなのだろう。
ハンソルもそれは、承知の上だと思われる。
連載最終回の次回は、エイドリアン・ホンの素顔に迫る。
(続く)
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)など。