北朝鮮とアメリカ合意ならず。康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長の見解
北朝鮮とアメリカ合意ならず。康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長の見解
2月27日、28日にベトナムのハノイで開催された2回目の米朝首脳会談は、大方の事前予想とは反し合意締結にはいたらないまま幕を閉じた。
このハノイ会談の結果を受けて、国内外では様々な見解が示されており、米朝交渉に対して消極的な意見も増えている。
そこで、朝鮮近現代史の専門家である康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長に米朝首脳会談について見解を伺った。
Q 今回のハノイ会談の結果についてどのような印象を持たれましたか。
本格的な朝米外交は80年代から続いているが、改めて朝米外交の難しさを痛感した。クリントン政権やブッシュ政権の時も朝米交渉が進展しそうであったものの結局頓挫した。今回も両国関係は好転しているものの、このような形になっている。多くの研究者はこのような会談結果になるとは予想できなかったと思う。
Q 会談前には、「ハノイ会談で何らかの合意が結ばれるのでは」と予測する見方も多かったですが。
ビーガン朝鮮担当特別代表が1月31日にスタンフォード大学でスピーチを行ったが、その中で彼は、「朝鮮が『最終的かつ完全に検証された非核化』を守るのであれば、シンガポール共同声明の同時的、並行的な推進を図っていく」、「完全な非核化がなされるまで制裁は解除しないが、北朝鮮側がすべてのことをなすまで何もしないということではない」と明言している。
このビーガン特別代表の発言などを受け、専門家やメディアは「北朝鮮側は寧辺核施設解体、核実験、長距離ロケット発射中止を約束し、その対応措置として米国は平壌に連絡事務所を開設し、終戦宣言を行い、南北経済協力を承認するといった合意が行われるのではないか」と予想していた。
Q 今回の米朝会談で合意にいたらなかった理由にはどのようなことが考えられますか。
報道によると、金正恩委員長が寧辺核施設解体に対する米国側の対応措置として5つの安保理制裁決議の解除を要求した。これに対して、トランプ大統領は「寧辺プラスアルファ」ではなく、朝鮮側が大量破壊兵器(核、生物、化学兵器)およびその運搬手段すべてを廃棄する代わりに、米国側が朝鮮経済に対して全面支援するという取引、いわゆる「ビッグディール」を逆提案した。だが、金正恩委員長がその提案を拒否したため、トランプ大統領はビッグディール提案を朝鮮側に投げたまま交渉を打ち切ったとなっている。
この米国のビッグディール提案は、全面武装解除、全面降伏せよというに等しい要求であり、「帝国のパワハラ」とも言うべきものである。朝鮮側にとって到底受け入れられる内容ではない。
北朝鮮が突きつけられたビッグディール
Q ビッグディールについてもっと詳しく教えてください。
実務レベル協議の最後の段階で、朝鮮側は寧辺核施設の全面解体に対する米国の見返り措置として、人民の生活にかかわる5つの対朝鮮制裁の解除を要求したと考えられる。朝鮮側からすれば、寧辺解体に見合う米国の対応措置としてこのレベルの要求は当然であると認識していたのだろう。
だが、米国側は、「この5つの制裁解除はほぼ全面的な制裁解除に等しい」と受け止め、この要求に応じるためには朝鮮側はもっと大きなものを差し出す必要があると考えた。ここでトランプ大統領はボルトン大統領補佐官が用意したビッグディール提案に乗り換えたと思われる。
Q 米国は、北朝鮮側がこのビッグディールに応じると考えていたのでしょうか。
おそらくトランプ大統領は、「金正恩委員長との関係醸成が進んでおり、この条件(ビッグディール)で説得できる」と自信があり、一気に最終解決に持っていこうとしたのではないかと思う。
ただ、ポンペオ国務長官とボルトン大統領補佐官は、この条件では朝鮮側が応じないのは分かっていただろう。
Q 今回の米朝首脳会談の成果は何がありますか。
成果としては、次の3つが挙げられる。
まず、ビジョンと戦略がないトランプ大統領の行動スタイル(トップダウン方式)が、朝米交渉のあり方を支配することについての危険性が明らかになったことである。トップダウン方式だけではなく、実務者協議も積み重ねてやっていかなければならないことを学ぶことができた。一方、実務者協議だけでは進展が遅いため、トップダウン方式と実務者協議をうまくかみ合わせていくことが重要である。
次に、朝米交渉を進める上での「取引条件」が明らかになったことである。朝鮮側は5つの制裁解除を求めており、米国側はこれに対して全面武装解除、全面降伏を求めるという条件が示された。このように非核化と制裁緩和のレベルが確認できたため、どのように条件を調整していくか次回の朝米会談に向かっての基盤にすることができる。
最後に、朝米両首脳が、関係悪化を防ぐため相手を配慮し、「後戻りしない、対話を続けていく」という立場を表明したことである。朝鮮側は『労働新聞』で、「金正恩委員長は生産的な対話を続けていくことにした」というメッセージを掲載しているし、トランプ大統領は会談後の記者会見で、「金正恩委員長とは非常によい関係で、最終的には合意できるだろう。今後も対話を続けていく」と発言している。
上記3つの成果を見て分かるように、今回の朝米会談は失敗でも破綻でもない。今後も対話が継続されることははっきりしている。
2019年アメリカと北朝鮮の今後の関係のキーポイントは韓国
2019年アメリカと北朝鮮の今後の関係のキーポイントは韓国
Q 今後の米朝交渉の課題はどのようなものがありますか。
まず、朝鮮側の非核化措置と米国側の対応措置とのバランスを図る共通の基準を設定することが今後の交渉を進める上で不可欠だ。今回の取引条件のままでは合意にいたることは困難であるため、両国話し合って、互いに譲歩していく必要がある。そのためには、第3者の視点が必要だと考え、周辺国である韓国や中国、ロシア、日本の関与が重要となる。だが、以前のような6者協議(※2003年から2007年)では進展が見込めないため、たとえば北南米中の4者協議を設ければ朝米対話がスピードアップするのではないかと思う。
次に、韓国が今よりもさらに能動的に動き、朝米対話の動力源となるように外交に乗り出すべきだ。韓国は仲裁者としての立場にとどまることなく当事者として動き、北南の連帯と協力をもって問題解決の先導者となるべきである。朝米会談の基礎は、北南関係である。
最後に、年内までに朝米関係を一応の水準までに進展させるため、速度を上げていく必要がある。このまま朝米交渉のこう着状態が長引くことは危険であると言える。米国の大統領選挙戦が始まってからの交渉は難しく、今年中に合意にいたらなければ長期化するおそれがある。
Q 韓国側は今回の米朝会談を受け、南北関係についてどのように考えているでしょうか。
文在寅大統領は3月8日、趙明均統一部長官の後任として金錬鉄(統一研究院長)を指名した。金錬鉄は長く北南関係を専門としてきた研究者で、盧武鉉政権時代の北南交流の実現において大きな役割を担った。今回の統一部長官の交代は、文在寅大統領の「南北関係を進めよう」という意思の表れである。
今回のハノイ会談の結果を受け、「米朝交渉が決裂した」、「ハノイ会談は失敗した」という見方も示されているが、康センター長が述べている通り、両首脳が対話を継続する意思がある以上、現時点でハノイ会談を失敗とも成功とも評価することはできないだろう。
米朝間の交渉がどのように進展するかは現時点でまったく予想できないが、今回のハノイ会談を受け、両国ともに次の協議に向けて準備を進めているものとみられる。
まずは、来月4月27日で板門店宣言から1周年となるが、その際に南北関係でどのような動きがあるか注目したい。
康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長
1950年大阪生まれ。1973年朝鮮大学校歴史地理学部卒業。朝鮮大学校歴史地理学部長、図書館長、副学長を歴任。現在は朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長を務めている。
八島有佑