邦人拘束者の早期解放の裏に北朝鮮が目指す観光立国構想
北朝鮮で拘束された日本からの観光客が、8月28日に釈放された。これから拘束、釈放にいたった経緯が徐々にあきらかになるだろう。写真を撮っただけで拘束されるのでは、北朝鮮は間違いなく、「世界1危険な観光地」といえるが、意外にも金正恩朝鮮労働党委員長は、北朝鮮を世界的な観光立国、「東洋のスイス」に育てようとしている。
進む元山開発
北朝鮮の観光資源と言えば、一糸乱れぬマスゲーム、マラソン大会、平壌市内の名所観光、幼稚園児たちの見事な音楽演奏などが思い浮かぶが、最近、新たな観光開発が始まっている。
もっとも活発なのが、金正恩氏の生まれ故郷である日本海に面した元山にある、カルマ海岸観光地区だ。
周囲には、名勝地金剛山や馬息嶺スキー場などがあり、金正恩氏は、来年4月までにホテルなどの建設を完了しろと指示している。
正恩氏は元山の建設現場をたびたび視察している。8月17日にも視察報道があった。この時正恩氏は「浜辺に文化休息の場所を設けるのは、かなり以前から構想してきた事業だが、現実になりつつある」と、自分が建てた計画の進み具合に満足した様子で語っている。若いころ留学したスイスをモデルにしているのは間違いない。
さらに、この時正恩氏は、カルマ海岸観光地区について「制裁封鎖を続ける敵対勢力との対決戦だ」と強調したという。米国との非核化交渉が停滞している中で、果たして世界から観光客が集まるのか、国連制裁違反を問われないのか心配になるが、正恩氏は自信があるようだ。
7月には台湾で、北朝鮮の旅行社が観光説明会を開き、関係者80人が参加している。神秘の国、北朝鮮に関心を持つ人は少なくない。
革命の聖地・白頭山でキャンプ許可
今年になって、革命の聖地、白頭山に関連した新たな観光が開発された。ハイキング、キャンプができる外国人向けツアーだ。
韓国に本社を置く「朝鮮半島登山旅行社『ハイク コリア』」が売り出し。設立者はニュージーランド人だ。北朝鮮当局を説得して実現させたという。
すでにオーストラリア女性2人とノルウェー男性2人が白頭山をハイキングし、テントを張って5泊した。
白頭山は故金日成主席が抗日パルチザン活動を行い、故金正日総書記の生家とされる家がある。外貨稼ぎのためには、こういった聖地も開放するということだろう。さらには、金ファミリーの保養地である三池淵も観光地化されると噂されている。
金剛山への観光は、2008年7月に起きた韓国人観光客の射殺事件以降中止されているが、再開に向けて南北間で調整が進んでいる。さらには、韓国から大型クルーズ船が、中国、北朝鮮を回る計画もある。
スパイ容疑をかけられた日本人があっさり釈放されたのは、北朝鮮が自国の命運をかけている観光業への悪影響に配慮したのかもしれない。
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)など。
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